2006/9/27

人生で必ず当たる宿命  

さっきカル食を終わった後、実家に電話しました。

半分冗談で最近近所で誰か亡くなった人はいないかと聞いたら、なんと、よく八ちやさんに遊びに来てた父の友達でもあり、あちこの結婚式にでも写真をいっぱい撮ってくれ、家族ぐるみの付き合いだったおじさんが7月に亡くなったことを聞いて大ショック!

母は心配かけまいとあちこに教えなかったらしいのだけど・・・・・あちこより両親のほうが大分落ち込んだことだことでしょう。

こういうことって、皆が全員経験する人生の通過点みたいなものだけど、ちょうどあちこの年齢って周りの大人も年をとって高齢になっていくわけで、人には寿命というものがあるから、少なくとも若いあちこが年上の人の死を必ず見送る形となるよね?

悲しいのが、知らずのうちに親しい人が死んでしまうこと。
結婚して実家を離れたら誰々さんが入院した、お見舞いに行かなくちゃ、どうもあまり良くないらしい・・・などと地元に居れば情報が少なからず入るけれど、離れてしまったら(ましてや、あちこは海外にいるわけだし)、こんな突然の死の知らせを聞かされてしまいます。

以前は出張ばかりで家を留守にすることが多く、帰ってくるたび近所のお年寄りが亡くなった知らせを聞いて驚く回数が増えてしまいました。周りのおじさんおばさんたちも確実に年をとってきてるので、これからも数は増えていくことでしょう。

でも・・・・・・・だんだん近所の親しい人がいなくなってしまうのはとても寂しいなあ・・・・・・・・
いくら絶対経験だとしても、後に残される身になると本当に寂しい。
ちょっとセツナイけど、あちこは本当にそのおじさんが亡くなったことを聞いてショックで悲しかったのです。
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2006/9/29  6:09

投稿者:あちこ

トムコや、
人って迷惑をかけたくないからだまってることが多いよね。孝行のときには親はいず・・にならないようにしたいものだ。
髪のびて、今は邪魔になってきた。

Sonnyさん、
そうですねえ。結婚式のときが最期だったなんて思うと切ないなあ。

あづ。師、
ありがとう。
若いのに、あづ。師はしっかりした独自の考えもってるね。もっと人の死を経験して、自分も年を重ねたら悲しみも収まる(というか慣れる?)のかなあと思います。

2006/9/28  4:26

投稿者:あづ。

私は昔から、身近な人の死を看取っていくという行為をしたくないという思いが強いので、誰よりも先に死にたいなあ、といつも思っています。
でも、それは基本的には無理だろうから(判らないけど)、なるべく皆に長生きして欲しいなあ、って願うばかりなのだ。
100歳超えした場合は、大往生で良かったねえって思えるようになるだろうから・・。
亡くなったおじさんは、あちこ嬢が遠いアメリカの地で、自分の死を悲しんでくれていることを、きっと喜んでくれていると思います。


2006/9/27  21:17

投稿者:Sonny

そうですか、おじさんはお空に旅立っていったのですね。だれにでも訪れるとは分かっていても、切なさは変わらないですよね。いまは、おじさんのことを思い出してあげるのが、いちばんの供養だと思います。

2006/9/27  19:36

投稿者:トムコ

わかる〜。
私も、この前友達のお母さんの訃報を聞いてショックだった。
当事者は、しばらくばたついてあまり実感が沸かないけどジワジワ来るしね。。
私もいつどうなるかわからないから、周りにはくれぐれも「面白い人でしたと言わず、いい人でした」と言うように、頼み込んでるよ(^^;

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