2012/9/10

ブーレーズのツァラトゥストラ  指揮者


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PolyGram Japan POCG-1032 (457 649-2) CD 1998


さてピエール・ブーレーズと言えば、音楽誌を拝見すると若い頃は、まるで全共闘のような演奏をすると揶揄されていたが果たしてそうだろうか?意外とその頃の演奏をあまり聴いていないので何とも言えないが、嘗ての大阪バイロイトでワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」を演奏した時の録画を拝見した時は、カール・ベームよりも直線的で思い入れの極度に少ない冷淡な印象だった記憶がある。その後にゆっくり聴いたものではバイロイト100周年の「指環」が在るが、印象は然程変わらなかった。だが思い入れが少ないのは1つの利点で楽曲が素直にスコアから浮かび上がるので曲の魅力が何の湾曲無く伝わる。しかしそれも程度問題だと言う人も居るだろうが、過ぎると確かに物足りないだろう?この人のブルックナーが意外と良かった記憶が在るが、それは何ひとつ余計な事をしていないからである。さて此処で紹介するのはR・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」である。楽団はシカゴ交響楽団、収録は、1996年である。楽団の特質にもよるが、非常に筋肉質で、構成に無駄の無い演奏である。所謂、新即物主義的な性格を持つが、かと言って情熱に欠けている訳では無く、一筋通った強い意志さえ感じる。それは序奏のファンファーレから明らかだが、とても明瞭で無駄が無い!スコアの中から全ての情報を拾い出そうとしている様に感じ取れるが、これは、作品に対する原典主義で在り、楽想の隅々迄、精密に表現しようとする姿勢が、R・シュトラウスの楽曲に対して最も適切で在る事が解る。演奏効果に対しても無頓着だが、そのまま演奏しても壮大な曲なので、その必要も無さそうである。独奏ヴァイオリンは、サミュエル・マカドだが、その優しい音色には魅了される。これは、同曲の久々の名盤として評価しても良い出来だ!当り前の事だが、内容を重視してこそ真の姿が浮かび上がる。余白には、R・シュトラウスとは、殆んど同世代の作曲家であるグスタフ・マーラーの第2交響曲から第1楽章の初期稿が、収録されている。こちらも線のキツイ筋の通った演奏である。最終譜と比べ、響きが整理されていない印象を受けるが、その部厚い音色に魅力を感じる人も居るかも知れない!

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