2010/12/23

ヨ―フムのブルックナ―  指揮者


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Toshiba-EMI EAC-90086


オイゲン・ヨ―フムの二度目のブルックナ―交響曲全集からの分売である。本当は、フルトヴェングラ―の戦時中の演奏を聴きたいのだが、LP盤を発売時に買いそびれてしまったので、購入の機会が在れば紹介しよう!さて、巨匠の名前だが、いつも迷うのは、どう表記しようかと言う事である。此処でのヨーフムとの表記は、1980年前半迄には、一般的だったものだが、どうも現在に於いては、ヨッフムと表記するのが、一般的である。だがネット上で検索すると双方の名称も見られるので、何とも言えない!さて、この9番の交響曲だが、終楽章が、未完であるのは、承知の通りである。その為に曲の演奏時間は、一時間程なのだが、聴き終わった後の疲労感や充実感は、この作曲家の交響曲としては、最大級なので、もしもこの曲が完成していたらどれ程のものかと末恐ろしく感じてしまう!これは、巨匠の同曲録音としては、3度目に辺るものだが、既にベルリン・フィルと残した名盤が存在していたのは、好事家には御存知の事だろう!それは、1964年の収録で在ったが、此方は、1978年の収録なので、14年後の演奏なのだが、元々大らかな音楽性の巨匠に在っては風格に差異を生じると言う結果のみで、音楽の奥行きが広がるのは聴いていても明白である。所謂、暖かい演奏をする印象が強い指揮者でも在る。楽団も優秀で聴き応えが在る。それもドレスデン・シュターツカペレと成れば格別である。さて、針を降ろすと些か古い表現だが、宇宙戦艦ヤマトのナレーションの様に「無限に広がる大宇宙」を感じさせる。この交響曲は、特にそうだ!混沌とした始まりから展望が開け壮大な景観が目の前に現れる印象が在る。特にこの楽団は、合奏能力が精妙なので、録音によっては冷たい印象を与えるが、此方では巨匠の音楽性が起因してるのか暖かさを感じる。それから膨れ上がる様に序奏部は終わるが、其の経過が壮大で先行きを期待させる。其の後の弦楽器のピッツィカ―トと木管は、宛ら星の瞬きを感じさせるが、地球上から見上げる夜空ではなく、宇宙空間から眺める永遠なる奥行きが只事でない程に巨大である。此処ではブルックナ―ならではの信仰告白も宗教を超越して全宇宙的な規模で聴く者の心を揺さぶる様である。とは言うものの若き日にフルトヴェングラーに影響を受けた片鱗は、此処でも伺える。それは上昇する旋律には必ずと言って良い程、アッチェレランドが掛る点だが、此処で聴ける演奏では、その度合いが過去の録音から比較して控え目に成っているので曲を離脱する事が無い理想的な表現と言える。其の為か第2主題の滑らかな流れが暖かい!だが、やはり第3主題は、テンポの上がり過ぎる処も在るのが残念である。その理由としては、どうしても其の箇所が演奏密度が薄く成るからで、作品を軽く感じてしまう!それでも終始部は圧巻の一言に尽きる。第2楽章は、スケルツォと言う事もあるが、テンポは、どちらかと言うと速めである。其の為かも知れぬが激しい表現ながら少々上滑りしている様にも聴こえる。トリオのテンポも速めだ!此処では少し余裕が欲しい感じがする。楽団自体の表現能力は見事だ!そして巨大なアダージョである終楽章だが、流石に荘厳に響き深い表現である。同時に只ならぬ静けさが漂っており、何とも味わい深い!そのうちに第1主題が膨れ上がり巨大なエネルギーが放出される様は圧巻であり、滅多に体感出来ない程の感銘を受けるが、作曲家自身が言ったとされる「生からの別れ」とは、そう言うものか?と納得する演奏である。其の後に第2主題に移るが、何と美しい事かと思う!それから第1主題が再現されるが、その対位法的に扱われる主題が熱い!巨匠の表現も見事である。深く気品に溢れた響きは素敵だ!何度か繰り返される第1主題がフォルテシモで鳴り響く時は、大宇宙の神秘さえ感じさせる。これは名演だ!

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