2011/12/22

アンドレ・クリュイタンスの「第九」  指揮者


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Toshiba EMI EAC-30007


是は戦後初のベルリンフィルによるベ―ト―ヴェン交響曲全集に成ったものからの分配だが、此処でベルギー系のフランス人であるアンドレ・クリュイタンスが起用されたのは、単にナチ色排除が目的で在った事は容易に理解出来る。楽団がベルリンフィルと在れば尚更である。この「第九」の収録は1958年頃なので、まだステレオ初期だが、EMIは古い技術に固持する傾向に在ったのでステレオ化は他社より遅い。実は独系レ―ベルも遅いのだが、此れは敗戦国なので単に経済的な理由による。途もあれカラヤン以前にまだ旧来の音色が残った楽団の記録としても貴重である。しかし巨匠のアプローチはベルリンフィルの機能性を生かしながらも独自性を示している。さて此処から演奏に触れるが、此方のレコードは廉価盤で発売されていた東芝EMIのニュー・セラフィム・ベスト100シリーズのレコードである。 耳辺りも柔らかく聴いていても心地が良いが今ひとつ奥行きが感じられないのは、やはり72分も在る演奏を1枚にカッティングした事が弊害であろう!針を降ろすと重厚と言うよりは鮮やかで瑞々しい音色だが、巨匠の選んだ遅めのテンポでは其の演奏スタイルとのズレも感じる。やはりこの遅いテンポでは緊張度が足りない。爽やかで美観に優れているのは良いが、それならば野太い重量感が無くては駄目だ。だから何となく密度が薄く聴こえる。だから展開部の盛り上がりも壮絶な響きが欲しい。そんな第1楽章だった。其処が、この演奏の難点なのかも知れない。オリジナル盤がやたらと高値がついているのは其の辺に理由が在るのかも知れない。因みに似たような演奏スタイルでは、オランダの巨匠であるオッテルローが浮かぶが、其れは過度な表現を決して取っていないのにも関わらず説得力も演奏密度も充分だった。続く第2楽章は巨匠のリズム感を知るのに絶好の楽章だが、構成もしっかりしているのでキビキビと進む。聴いていて少しも無駄な箇所が見つからない。楽団も後年のカラヤンの音とは違い、律儀に木目細かい弦の音色も魅力的だ。何故なら後年では、やや大仰に肥大した響きに変貌を遂げるからである。其の為か第3楽章では、神聖な響きが聴かれる。テンポは普通だが奥行きも充分でスケール感も程々在る。音色の素晴らしさに魅了される演奏である。さて終楽章だが、独唱者を紹介しておくとグレ・ブルーウェンスティーン(S)、ケルスティン・マイヤー(A)、ニコライ・ゲッダ(T)、フレデリック・ギュトリー(BS)の面々である。それと合唱には、ベルリン聖ヘドヴィッヒ教会合唱団が参加している。冒頭は、テインパニーの連打から始まるが、其れに重なる木管がとても綺麗である。前奏部分も各主題の描き分けが巧みである。聴いていると素直に楽曲に没頭しているのが解かる程だが、残念なのが、録音にもう少し奥行きが欲しい点である。もしやスッキリした音楽性は、録音バランスにも起因しているのでは?とも感じてしまう。バリトンの歌いだしにも品がある。マイヤーの深々とした歌唱も良い。最初の合唱が終わった後のマーチも最適で、ニコライ・ゲッダの過度の無い歌い方も好感が持てる。それと心の篭った合唱も良いと思う!終始部の精神的な高揚も見事だが、巨匠の知的なアプローチは、最後まで変わらず本当に過度と言うものが無いのがクリュイタンスのEMI録音での特色で在る事が解かる。何故なら巨匠も実演で燃え上がる演奏は、伝説に成っているからである。其の内2枚組のオリジナルも聴いてみたいものである。

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