2014/9/17

ワルターのグレイト  指揮者


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Columbia USA MS 6219 LP


クラシック音楽には、昔から所謂定盤、名盤なるものが存在をするのだが、その中には単なるコマーシャリズムで、そうなったものもあり、その手の批評家の論評が「事大主義」化するのもよくある事だ。なので小生は、その手のレコードは最も苦手な部類なのであまり聴く事がない。しかしながら話のタネには購入をするのだが、そんな捻た思考が災いし、今頃聴いた演奏もある。だがその手のレコードとて、そうなった理由もあるのだろう。特にレコードが高価な時代は、その限られたものしか選べない。なのでそれも仕方ないものもある。しかしながらその時代を経てから色々と聴けるようになっても、そんな事に惑わされるのは考えものだ。劃してこのブログでは斜め目線のものばかりを紹介している訳である。そんな独り言を敢えて前置きする。「そんな、そんな」である。さて此処で紹介するレコードは、ブルーノ・ワルターのシューベルトの交響曲である。この曲は昔の音楽ファンからは、7番と知られ、その後には9番となったが、現在は8番とされる通称「グレイト」とされるものである。その理由については今更説明をする事もなかろう。楽団は、引退した巨匠を「ステレオ・レコード」をネタに復帰を画策し、結成されたコロンビア交響楽団である。収録年は、1959年だ。これも意外と聴く機会を作らないレコードだ。なのでいつでも初めて聴くような気持ちで感想を述べられる。早速聴いてみよう。序奏は極めてゆったりと余裕のあるテンポで、とても落着いて聴いていられる。こんなに心地の良い演奏だったかと改めて感心をするが、骨格もしっかりとしており、意外と骨太な印象だ。地の底から湧き上がってくるような凄みさえ感じるのも恐れいるが、こんなに壮大な演奏だったかと思い、少し驚いた。それと例の第1主題への移行は踏み込み型だった。注意して聴くとテンポも細かく動いているが、流れが自然過ぎて、それを感じない。主部も力強い。全体を通してゆっくり目だが、程好い感じだ。それに歌に満ちている。勿論、デリカシーもあり、音の着地点が「フワリ」と舞い降りるのは巨匠の特色だろう。とにかく聴いていると「グレイト」と称した理由も解る程の演奏だ。第1楽章の終止部もたっぷりとした響きで聴き応えも充分である。第2楽章は、「あれっ?」って言う程、何の作為もなく耳に旋律が忍び込む。気がついた時は音楽が始まっている位に自然なのだ。オーボエ奏者の哀愁に満ちた音色も良いが、中間部の優しい表現には心が温まる。これぞ正しくアンダンテである。だが意外とレスポンスも早いので、時に軽い衝撃を受ける。さて第3楽章は一転して活発な一面も覗かせるのだが、それしてもリズムの交差が巧みで、此処までサラリと曲想の変化まで自然に聴かせるスケルツォもなかろう。終楽章は冒頭のファンファーレが意外な程に厚い響きがして、ワルターがレコード用に編成したコロンビア交響楽団は、人数も然程居ないので響きが薄いなんて意見を封じるのには充分な説得力がある。部厚いカンタービレとも評したい素晴らしいスケールで音楽が迫ってくる。なので途中の「軍隊マーチ」の旋律に素朴さを感じるのだろう。とにかく楽団も真剣だ。如何に巨匠の音楽を再現してやろうかと躍起になっているのがよく解る。演奏の推進力も突進なんて程でもないが、滑らかな躍動感がある。変な表現だが聴けば解るとしか言いようがない。こんな言い方もなんだが、良い演奏は繰り返し聴き過ぎるのも駄目だなと思った。コーダは只々圧倒された。

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