水戸天狗党の生みの親「藤田小四郎」の自画賛です。自画と言うから自分で描いたのだろう。天狗党について書かれた読み物(幕末史、市町村史、史伝、小説等々)には、この自画賛が載っている場合が多いものです。
この写真の自画像は水戸市立博物館で特別展として開かれた「最後の将軍、徳川慶喜とその時代」から借用です。その昔、水戸市立博物館では「特別展はEXPO’85記念特別展」が有って、その時に展示されたのです。EXPO’85とは、昭和60年(1985年)に茨城県つくば市で開かれた科学万博を言うから、かなり以前の話です。
注
この自画賛像は、茨城県常盤神社の「義烈館蔵」だと言う。
軸の上部に「賛」が書かれています。「
断髪蓬頭如夜叉 不言可識是藤田」と読めます。自意識過剰な言葉のようです。ちょん髷を切ってザンギリ頭で高下駄を履いています。腰の太刀は立派な物だったのでしょうか。図からわかる様に、彼はいくぶん「反っ歯気味」だったと言われます。
藤田小四郎は、藤田東湖の第4子で(妾腹)若くして読み書きにも秀でた様です。なんと言っても藤田東湖の遺児(父は安政の大地震で建物の下敷きにあい圧死した)ですから、何かと尊重されのです。尊王攘夷一点張りで、多くの血を流した張本人と言われても仕方が有りません。
「不言可識」は悪い事では有りませんが、如何にも若すぎるのです。アクセルは有っても、ブレーキの無い車ですから暴走したのです。やるので有れば、途中降参等しないであくまでも戦うべきだったのです。さすれば新撰組の土方歳三の様に人気が出たかもしれません。柴田錬三郎の小説に水戸天狗党の話が有りますが、女天狗に頭を打たれた以後は、狂気の小四郎になったとは面白い発想です。

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