井上靖『蒼き狼』は至上空前の大帝国を創業したジンギスカン(テムジン)を描く歴史小説である。主人公の超人的な活躍を描く作品と思われたが、意外にも社会的背景を重視している。
農耕民族の視点では、遊牧騎馬民族の軍事的な優位性が強調される。しかし、本作品ではテムジンに農耕民族の統一王朝と比べた遊牧民族の後進性を自覚させる。部族単位から民族的統一、有力者の連合体から君主の専制、常備軍を取り入れることがモンゴル帝国の成功要因とする。これは中華帝国の模倣になってしまう。その後の世界史ではモンゴル帝国の強みは、むしろ中華帝国の真似をしないことであった。良くも悪くも昭和の価値観が反映された作品に感じる。
ジンギスカンの血統は、その後の中央アジアで重視されたが、本書のテムジンは首領の長男であるものの、血筋に疑いのある存在である。実は貴種であったとの話の逆パターンである。実は貴種パターンは昔の日本の物語の定番であるが、格差社会の21世紀にもある。ワンピースもナルトも、これである。この点も立身出世主義が生きていた昭和を感じる。

0