一人でいるのは苦手じゃない
でも、独りでいるのは好きじゃない
あなたが隣にいてくれないのは寂しい
携帯電話でいつでも話せる
だけど、喋れる時間は限られる
あなたはちゃんと私の元に笑顔で帰ってくる
だけど、触れ合える甘い時間が過ぎるのは一瞬
手を伸ばした時、あなたが伸ばしてくれた手に触れる
その温かさが余計に私を切なくさせる
それでも、私はあなたの帰りを待つ、この一人の時間は嫌いじゃない
だって、体は離れてもあなたを愛おしく想う私の心は私を恋しく思ってくれるあなたの心としっかりと繋がっていられる、って知っているから
・・・・・・だけどね、やっぱり淋しいんだよ?
『安くてキツイぞ?』
ニッカリ笑って、京次郎さんは言ったけど、本当に安かった・・・・・・
日当四千二百円、食事係は朝五時半起き、夜は晩飯の片づけまでの実働十六時間強!!
けれど・・・三食たっぷり食べられる上に(作るのは自分だけど)、ぐっすり眠れる布団つき☆
何日ぶりかに布団の上で眠れたからだろう、新八の寝顔はとても安らかだった。腹を出して大鼾をかいている晴太の横で埃及の木乃伊の如く伏している武蔵には負けたが。
目覚まし時計の針が五時半を指し、けたたましいベルの音を響かせる寸前、新八の手が素早く伸びてスイッチを切ってしまう。目覚まし時計にとっては屈辱的な敗北であった。
上半身をむくりと起こした新八はまだ重い瞼を擦りながら台所へと向かった。
「うん、たけてる、たけてる。よし」
顔と手を洗って、まだ頭にこびりついている眠気を払い飛ばした新八は炊飯器から芳しい白煙が立ち昇っているのを確認して満足気に頷くも、どう見たって自家用のサイズではない炊飯器を新八は思わず、まじまじと見つめてしまう。
「病院の給食室で見た時以来だよ・・・でも、大の男七人分の朝ごはん+弁当だからな」
改めて、これでないとどうしようもないんだな、と実感が涌いてくると、新八は頬を打ち、気合を入れなおして割烹着に袖を通した。
「さて・・・と、始めますか」
新八に与えられた名誉あるミッションは男7人分の朝食と昼飯の計14食を一気に作り上げる、と言う難解なもの。
が、さすがは新八と言うべきか、突きつけられた難題にも慌てない。
「えーと、まずは落ちついて・・・・・・」
額に手を当てて、冷静に一つずつ穴を埋めていく。
「朝は塩シャケと納豆と生タマゴとみそ汁・・・」
埋めた穴の数を指を折って数えていく新八。
「・・・・・・で、弁当は豚肉を焼肉のタレで焼いたのと・・・卵焼き・・・あと、なんか漬物とかかな?」
しかし、慌てて考えようが、冷静に考えようが、一定の方向へ流れていく時間の速さは大して変わらない。感じる人間の尺度で短くも長くも感じるだけだ。
新八は壁にかかった時計の二本の針が示している『時』にギョッと表情を歪める。
「うわっ、もうこんな時間!? まずはみそ汁、作らないとっっ」
だが、一度、冷静さを失ってしまうと瓦解してしまうのが新八の未熟さか。
「っていうか、弁当に先にご飯をつめて冷まさないと!?
あと何だか、お湯はいっぱいわかしておいた方がいいような気がする?!」
冷静さなど何処か遠くへ吹っ飛んでしまった新八は右往左往しながら仕事を堅実に進めていった。
「うお!? しゃもじはどこだ―――?!」
いくら学校で建築の勉強をしてきても
『足場、組んだ事は?』
『ないですっっ』
実践では、まず何も役に立たないとは就職した、いろんな先パイから聞いていたけど
『じゃあ、シルガード出して練っといて』
『すいませんっっ、シルガードって何ですか?』
『使えねーな。
じゃあ、クズ石全部運べっっ。そんならできるだろ』
よもや、ここまで役に立たないとは!! 『な・・・・・・情けない〜』
自分の無能っぷりを肌身に嫌と言うほど感じてしまうだけに、年下の晴太の罵倒にも怒りや悔しさもそれ程は湧いてこず、新八は素直に自分の出来る事を確実にこなし、増やしていった。
現場で役に立てないなら、他の何かで埋め合わせねば!! だって、賃金をもらうのだから
「うわぁ、何かおかずが足りない?」
慌てて、新八は冷蔵庫を開けて中を覗きこむが、男所帯の寂しさか、目ぼしい物は初見では見当たらない。
「うわっっ、ビールしか入ってないよ!? 何か、いい残り物はないか!?」
ふと、新八は名前が書かれたタッパーを見つける。
「ん? 何だ、このタッパー」
新八は小首を傾げ、匂いを嗅いで具合を確かめてみる。
「自宅から差し入れかな。
切り干し大根か・・・・・・・・・火を通せば、ぜんぜん大丈夫そうだな。
刻んで玉子焼きに入れちゃえ」
次第に新八の頭の中に完成図が出来上がっていく。
「豚肉は残ってるキムチと炒めて・・・と。
よーし!! 調子出てきたぞっっ」
一旦、スイッチが入ればフライパンを振るう腕にも力が篭もると言うものだ。
「ボンベの残量を気にしないで火を使えるって、なんてすばらしい。
冷蔵庫があるって素晴らしい。
あたりまえに肉が食べれるってすばらしい」
今までの生活が生活だっただけに、久しぶりにまともな料理が出来る新八のテンションがどんどんと上がっていった。
「みなさーん、お昼ですよー」
「・・・・・・・・・」
新八の声に集まった面々は並べられている昼食に言葉を失う。この日、新八が用意したのは白飯、具だくさんの玉子焼き、漬物、かぶとかぶの葉のあつあげのみそ汁、冷麦茶。
まさか、ここまでの昼食が出てくるとは思ってもいなかったのだろう。
それだけに食べてからの絶賛も凄かった。
「うまいっ」
「いいなっ、なんかキャンプみたいだなっっ。外であつあつのみそ汁がくえるなんてなっ」
「ほぉー、切り干し大根って玉子焼きに入れると美味ぇんじゃのぉ」
「ま・・・まいうー」
「ああっ、武蔵さんからオッケーが出た!?
最近、ぐっと食が細くなって心配だった武蔵さんが!?」
面々の新八への賞賛は気に入らない晴太は飯を乱暴に口の中へと放り込みながらキャンキャン吠える。
「何だい、いい気になんなよっ!?
カンナひとつもかけらんねークセにっっ」
「うるせぇぞ、十八才。おめぇだってまだまだだろ?
っつーか、お前の使えなさっつったらもーこの比じゃなかったつーか」
「こーやって、自炊しながら走ってきたんじゃな?」
「あっ、ハイ。もっぱら、インスタントラーメンでしたけど・・・お金なくて☆」
新八は気恥ずかしそう苦笑いを漏らす。
「え? じゃあ、コンロ、自前か?」
「はい」
照れ臭そうに頷いた新八に面々は顔を見合わせ、しきりに感心したように低く唸る。
「いやぁ、朝メシからきちんとやってなぁって思ってたけど・・・」
「かぶとかぶの葉っぱと厚揚げのみそ汁とか、切り干し大根入りの玉子焼きとか、おめぇさん、いくつだ?」
「ホントは後ろにチャックついてて、中におばちゃんとか入ってんじゃぇねの?」
「っつーか、何で、そんなに所帯じみてんだ?」
訝しげな目を向けられ、その上、奇妙な質問を投げかけられ、反応に窮した新八は思わず頭を下げてしまう。
「・・・・・・すいません」
「いや、美味ぇよ。ホメてんだよ?」
(良かった、喜んでもらえたみたいだ)
昼食後、新八はホッと安堵の息を漏らした。
お母さん、ありがとう。
なんか今、あの日々がものすごく役に立ちました!!
母親の妙は看護士で夜勤も多く、新八は昔から料理を一人で作る機会が自然と増えて、何にでも凝り性の性格や手際の良さも幸いして、今では大抵の家庭料理は作れるほどの腕前になってしまった。
よかった・・・
「おーい、グラインダーもってきて」
「はーい」
ただのじゃま者にはならずにすみそうです
「あと、瓦出してシートひいて積んどいて!!」
「はいっ!!」
機敏に動き、テキパキと言いつけられた作業をこなし、返事も良い新八を京次郎は頼もしそうに見つめていた。
「おーい、スクリュー釘ひと箱、詰所から持って来てー」
しかし、新八の返事が無いので晴太は鬼の首でも取ったような表情になる。
「あれ? いねぇぞ。ひょっとして、サボリか!?
お――――い」
しかし、彼の予想に反して、新八はちゃんと彼の元に走ってきた、がに股で。どうやら、こっちにもあっちにも動きすぎて沈静化していた『アレ』が再び、猛威を振るい始めたらしい。
「あ、すみませーん、洗濯物とりこんできたもので」
「洗濯物!? そんなの夜とりこめよ、帰ってから。晴れてんだから」
ふと、文句を垂れた晴太は新八の奇妙な走り方に笑いをこぼす。
「ていうかなんで、お前、ガニ股なの。プフワッ、キキキ」
「あ・・・いえ、その」
痛い所を二重の意味で突いてくる質問に新八は口を濁してしまう。
「うわー、いろいろあるなー、カッコイイー」
その夜、新八は京次郎に連れられて自転車矢を訪れた。どうしてか、晴太まで着いてきたが。
スポーツタイプの自転車にはしゃいでいた新八だったが、不意に値札に書かれている数字を見て目玉を飛び出させる。
「ににに、23万!?」
これでも良心的な価格である。本当に良い物となると軽く50万は超えるし、ブランド物ともなれば百万円いくのだから。ちなみに、私が初給料全部で買った自転車は13万円(それでも、自分で用意できるアイテムは削りに削って)。
「ちっっ、うっせーな」
「やっぱ、イイのは高いんじゃなー」
新八の反応が思って以上に激しかったからか、京次郎はしてやったり顔だ。
「まー、あのママチャリでここまで来れたんじゃから、これくらいのヤツなら楽勝なんじゃないんかのぉ?」
京次郎が勧めてくれた自転車はドロップハンドルでギアの十四段変則、カーボン製で軽く持ち運びやすいタイプの物だったが、新八は値段を見て渋い顔になる。
「4万円かぁ・・・・・・う――――――ん」
新八は周りを見渡して、ある一台を指差す。
「こっちじゃダメですかね? 29800円」
「あー、ママチャリかー」
今度は京次郎が渋い表情になり、無精ひげの生えた、刀傷がうっすら残っている顎を撫でる。
「短い距離ならいいんじゃがな。
でも、ママチャリタイプだと荷物はたくさんつめるけん、ケツだけに体重がかかるんでな、長距離ならこうゆうのの方が体重を手と腰に分散できっからいいんんじゃ」
京次郎の解り易い説明に新八は手を叩いて納得してしまう。
「あとな、こうゆうサドルの方がもっといいかのぉ」
「ん? 何だろう、これ。真ん中がへこんでる?」
京次郎が指したVの字になっているサドルに新八は首を傾げたが、すぐにそんな奇妙な形になっている理由に思い当たった、
「あ!! そっか!?」
「そ、ケツがもっと切れるとクセになるからのぉ。
さくっとバレバレじゃ」
「何!? おまえ、ヂなのか!?」
「ああああああ・・・・・・・
わかりました、ありがとうございます」
新八は京次郎にバレていた事と晴太にバレてしまった事が恥ずかしく、首筋まで真っ赤になりながらもきちんと礼を述べた。
京さんにみつくろってもらった自転車は43000円
日当四千二百円だから、十日と少しでお金は作れる
もうすでに二日、ここにいるのであと八日だ
新八はグッと握った拳と一緒に決意を硬くした。
期間限定で開放された教室には子供達が集められていた。男の子もいれば、女の子もいるし、真面目そうなメガネ君もいれば、自由奔放にお菓子を食べている子もいる。
ただ、一つ共通している事は視線の向き。全員が全員、黒板の前に立っている『先生』を見つめていた。
「あ、あの・・・・・・はじめましてアル。講師の夜兎神楽といいますアル」
子供達の真っ直ぐな視線を小さな身体に受け止めた神楽は既にパニックを起こしかけている。声が引っくり返って拍子が奇妙なのが良い証拠だ。
「ぜ、全6回の短い間ですが、どうか、みなさん、一緒にたのしく絵を描きましょうネ」
「・・・・・・・・・」
教室の外で神楽を見守っている銀時は気が気じゃなく、今にも心臓が「パ―――ッン」しそうだった。
前日に何度も部屋で自己紹介の練習を繰り返していたのを知っているからこそ心配にもなるのだが、あの神楽が教師を務めている事が心の琴線を打つのか、銀時はボロボロと大粒の涙が溢れてきてしまう。彼は誰が見ている訳でもないのに、泣いている事が恥ずかしくなって目を手で覆うが、涙は止め処なく指の間から零れ続けてしまう。
銀時の親心や親馬鹿加減など露ほども知らぬ、子供達は本当にフリーダムだ。
「先生、なんさいですかー」
「彼はいますかー」
「どーして、そんなに小さいんですかぁー」
神楽が一瞬でも隙を見せるや、すぐさま質問の矢を彼女目掛けて放つ。
「あ・・・あう」
人前に立つ事が多かったり、『他人に教える』経験が豊富な人間ならばこの程度の質問は難なく受け答えできるのだろうが、神楽はどちらの経験も皆無だった、
容赦ない質問攻めに平静さを失いかけている。
だが、一度スタートしてしまった暴走特急はそう簡単にブレーキをかけたり出来ない。
「ねー、先生。コレ、先生が描いたのー?」
「ポケモンバッヂ、全部そろった!?」
「先生、有名な若手芸術家ってホント!? ちょーうまい」
「あ・・・あの、席に・・・・・・つきましょう・・・」
神楽がもう駄目かもしれない、と諦めかけた時、一本鞭を思わせる冷徹な叱咤の声がはしゃぎまわっている子供達を打った。
「着席っ!!」
その叱咤の一声はフロア中に響き渡り、課題制作に勤しんでいた大学生達の手を一瞬、止めさせるほどだった。
騒がしい子供達を一喝したメガネ君、鬱蔵はチャッと上げた眼鏡から鋭く尖った光を放つ。
「この講習、たった6回しかないんだぜ? 頼むよ、サクサクやろーぜ?」
「は―――い・・・・・・」
あまりにも凄まじい一喝だったものだから、子供達はすっかりと怯えきってしまい、全員が全員、素直に席に座り、小さくなってしまっている。しかも、その中には教える立場であるはずの神楽までいたものだから、鬱蔵は呆れ果てたような面持ちになる。
「・・・・・・いや、だからさ・・・・・・
何で、先生まで一緒に座ってんのさ?」
過程はどうあれども、生徒が何とか落ち着いてくれたので神楽はホッとする。
「それでは」
神楽はまだバクバクうるさい心臓を静めるように深い呼吸を繰り返すと、息を吐ききると同時にギュッと表情を引き締めた。
「授業をはじめますアル」
神楽はぎこちなさの残る動きで鞄から絵の具を人数分取り出して、机の上に置いた。
「今日、使う絵の具はキイロと青、この二本だけネ。
そんで、描いてもうらうのはコレアル」
神楽が指差したのは黄色のチューリップが活けられた、神楽のデザインでまた子が直々に作ってくれた花瓶。
その言葉に生徒達は動揺を隠せない。
「えー、ムリだよー」
「キイロと青だけでー? もっと絵の具がないと描けないよー」
しかし、そんな抗議にも神楽はもう動じない、優しく微笑んで、力強く断言した。
「描けますアル」
パレットにキイロと青の絵の具を少し出して、神楽は筆を紙の上に躍らせる。
「よく見てくださいネ。
チューリップはキイロ、花びんのもようは青ヨ、そんで、葉っぱはミドリネ」
子供達は神楽が躍らせる筆に目を釘付けにし、生まれた色に感嘆の声を上げる。
「どれも、この二色をそのまま使ったり、混ぜ合わせれば生まれる色アル」
「ホントだ☆」
「できるかも、オレっっ」
子供達が納得してくれたので、神楽はホッとする。
「色々、自分で工夫をして色を自分で作ってみましょうアル」
元気な返事で机に向かった子供達。
途中、子供達は色作りに手こずるものの、神楽は言葉こそただたどしいものだったが、その度に的確なアドバイスを与えて子供達をサポートした。
「先生、ミドリがうまくつくれないよー」
「あ・・・えーと、先にキイロをお皿にといて、そこに青をちょっとずつ足してくといいですネ」
「あ、ホントだ」
「先生―、キイロがへんな色になるー」
「筆を新しい水の方で洗ってみてくださいアル」
まだまだ荒さもあり、至らぬ点も数え切れないほどあるが、それでもちゃんと『先生』が出来ている神楽の背中に銀時の胸には喜びが込み上げて、彼は思わず涙ぐみながらグッと拳を握ってしまう。
「わー、描けたー」
「先生―、見て見てー」
「そうそう、とってもいいですヨ」
教室の外、窓の下では銀時とは形の違う『信頼』で神楽を見守っていた沖田が彼女の授業に耳と心を傾けながら、猫と戯れていた。
楽しい時間ほどあっという間に駆け去っていくものだ。
「それじゃ、また土曜日にねー」
「今度、ビーズで作ったブレスレットもってくるねー」
「とりかえっこしよー?」
「バイバーイ」
終礼の鐘が鳴り、名残惜しそうにしながらも子供達は神楽に元気な声で別れの挨拶をして教室を出て行く。
「き、気をつけてネ」
神楽は手を振って子供達を見送り、彼らが出て行ったのを確認すると授業の間、ずっと強張ってしまっていた肩から力を息と一緒に抜く。
「先生」
だが、いきなり背後から声を掛けられたものだから、すっかりと油断していた神楽は口から心臓が転がり出そうになる。
振り返ってみて声の主が鬱蔵と知った神楽は彼へ小さく頭を下げた。
「あ、あのっ、今日はありがとうアル、いろいろ・・・・・・・・・」
しかし、彼は外身はどうあれ年上の神楽にも冷然の態度を崩さず、神楽の感謝の言葉を遮る。
「先生、できれば次回から風景画をやって欲しいんですが」
「え? あ・・・えと・・・」
鬱蔵の唐突な要望に神楽は困惑の色を隠せない。彼女は絵を描く楽しさを教えるためのカリキュラムを自分なりに組み立てており、風景画はこれからの授業での雰囲気に応じて教えるつもりでいた。
「ホラ、夏休みの宿題でよくあるでしょ? 『夏休みの思い出』とかいうタイトルの。
ボク、私立の中学受けるんですけど、病欠が多かった分、底上げするのにプラスアルファが必要なんですよ」
彼の眼はややの背伸びを感じさせるにしても、真剣な光が灯っていた。
「―――って言う訳で何とか、賞が欲しいんですよ、さくっとね・・・―――で、ぶっちゃけ、そこ狙いの指導をお願いできませんか?」
「・・・・・・・・・」
この年頃独自の「自分優先」の考え方が逆に清々しいほど、前面に押し出されている欝蔵に神楽は開いた口が塞がらなくなる。
「先生・・・神楽、大丈夫っすかねぇ」
「ま、大丈夫だろうよ」
また子と銀時は中で臥せっている神楽を気遣って、そっと部屋を覗いた。
「ゆうべも遅くまで授業の準備してたからなぁ、疲れたんだろ」
子供達のパワーに気圧されたのだろう、神楽はすっかりと疲弊していた。
隣室に足音を殺して戻り、各自の仕事―また子は陶芸家の事務処理、銀時は生徒から提出されたレポートのチェックーを進める。
ふと、また子は電卓を白魚のような指で叩きながら呟いた。
「神楽、がんばってるっすねぇ」
「来島だってがんばってるじゃねぇか」
「・・・・・・・・・そっすかね・・・? がんばれてるんすかね・・・?」
銀時のぶっきらぼうだが飾らない言葉にまた子は手を止めて、唇をキュッと噛み締めて考え込み始めてしまった。
「ねぇ、先生?」
「ん―――?」
「私、ずっとこのままなんすかね」
また子の言葉は重い。
「一生このまま、ずっとひとりぼっちだったら、どうするんすかね?」
前途洋洋、輝かしい未来がいくらでも待っている若者の言葉とは思えない呟きに銀時は苦笑を見せる。
「ははは、大丈夫だよ」
そして、銀時はまた子を励ますためにわざとおどける。
「オレを見ろよ?
この歳になっても一人だけど、ちゃあんと生きてるぜぇ?」
「!!
(はっ、そうっすね、そーいえば、そうっすよ・・・・・・っていうか、考えた事もありませんでしたっすよ、今日の今日まで)」
驚きの余り、お口にチャックが出来ていないまた子に笑顔が歪んだ銀時の額に太い青筋が浮かぶ、
「来島・・・・・・頭の中、だだ漏れてんぞ☆?」
ひとしきり謝った後、また子は銀時に聞く。
「先生もさ・・・・・・さみしくなったりするっすか?」
「ん? さみしいよ。
でも、ただそれだけの話だよ」
銀時は何気ない風を装うようにファイルを整理しながらまた子の質問に答える。
「こう、波みてぇにガ―――ッてきて、かと思やぁ、す―――ってひいて、それがずっとくりかえし続くだけだよ」
銀時の言葉にまた子の顔からは次第に血の気が引いていき、手にするカップの中のコーヒーの表面が波立ち始める。
「ず・・・・・・ず・・・・・・ずっとっすか・・・・・・?」
また子が怯えているのを背中に感じ、銀時はますます容赦ない現実を哀れな子羊の前に曝け出す。とことん、Sな男よ。
「時々、大波が来て心臓がねじ切れそーになってのたうったり、叫びだしたくなりそーな夜とかが周期的にやって来たりするけどなぁ。
まぁ、そんだけの話だわな。命に別状はねぇよ☆」
命に別状は無くても精神衛生上、よろしくないのでは・・・・・・
「そんな(人生)、絶対いやっすぅぅぅぅ」
リアルな拒絶の悲鳴に銀時はムスッとしてしまう。
「キズつくなぁ、その反応」
「・・・・・・・・・・・・子供が子供なのは大人が何でもわかってるって思ってるところだ」
また子を見送った銀時は自室には戻らないで、そのまま屋上へと向かった。
銀時は咥えた煙草に火を点けると、遠くの街の明かりをボォと見ながら紫煙を吐く。
「―――ったくよぉ、大人になったくれぇで何が変わるんだよ?
せいぜいが腰が痛くなったり、駅の階段で息切れするくれぇだっての」
いつしか、銀時の目は遠くを、記憶の彼方を見始めた。
「いつだって帰りてぇって思ってるけど、そこが何処にあんのかすらわからねぇままだ。
あぁ、山本、会いてぇなぁ」
銀時の呟く言葉は吐く紫煙と一緒に夜のひんやりとした空気に空しく散っていく。それが解っていながらも、銀時は己の寂寥感を思わず吐露したくなる。
「オレはさびしいよ」
「ただいま、戻りました―――」
両手にイッパイの土産を持って、高杉は出張の任務から帰還した。
しかし、あまりの量に銀子は辟易し、呆れ気味の表情を浮かべている。
「・・・・・・・・・」
「いえ・・・すんませ・・・・・・・ちっと・・・おみやげって何がいいのか、ぜんぜん・・・・・・わかんなくて・・・」
銀子の表情に自分のはしゃぎっぷりを今更ながらに思い出して恥ずかしさが急流となって押し寄せてきた高杉は照れを誤魔化すように机に置いた手をギュッと握る。
ともかく、山積みの土産を片付けた高杉と銀子は仕事モードの顔で打ち合わせを始める。
「―――で、今回、素材がガラスとアルミなんで現場で削って合わせるっつー事が出来ないんすよ。
なんで、『ビルド』さんからは現場管理の人も打ち合わせに参加してもらった方がスムーズに行くと思うんで・・・・・・」
高杉の提案に銀子は小さく頷いてみせる。
「そうね・・・あと、村田さんにも来ていただいた方が・・・・・・」
「はい、一応、連絡はとっておきました。
週後半ならOKだそうです。なので、来週の木曜、仮おさえしておいたので」
「・・・・・・・・」
高杉の先の先を読んだ機敏な動きに銀子は一抹の頼もしさを覚える。
そうして、打ち合わせが一段楽した頃だった、不意に銀子がふっと口を開いた。
「あ、そうだ、高杉君・・・・・・
おととい、藤原デザインで来島さんに会ったわ」
銀子の口から出た思いがけない人物の名に高杉は一瞬、ギョッと表情を引き攣らせそうになったが、銀子の手前だと言う事もあり、それは辛うじて堪える。
そんな高杉の努力にも気付かず、銀子は珍しく、口元を緩ませてまた子の事を語る。
「シンプルな器を作る人ね。
私も一度、頼んでみたいのいだけれども、高杉君からお願いしてみてもらえないかしら」
この時の衝撃は恐らく、高杉自身にも解らないだろう。何せ、その瞬間、キャパオーバーを起こした彼の頭の中は真っ白に沈黙してしまったのだから。
―――一方、『自分探しの旅』四日目/松島に滞在中の新八は・・・・・・眩しいまでの笑顔でシーツの皺を伸ばしていた。
真っ白に洗われた洗濯物は几帳面に畳まれている。
「パリッとした清潔なシーツはええのぉ」
「おお、タオルケットまで洗ってくれたんか?」
純白のシーツの上に寝転んだ武蔵は感涙している。京次郎は柔らかに仕上がっているタオルケットに表情を綻ばせている。
「ハハハ、タオルもふかふかだよ!!」
古橋はタオルにヒゲ面を摺り寄せている。
「お前、柔軟剤使っただろ!?」
「いや、使ってないですよ。洗剤、新しいのにしただけですよ」
云業の言葉に慌てて首を振る新八の脳裏にフッと疑念が過ぎる。
(っていうか・・・なんか、こんなCM、見たことあるよ!?)
訳もわからず、自転車で走り出してからずっと不安であせって・・・・・・
―――でも、ここは何だか不思議な場所だ
何だろう、これは
まるでずっと、前からここにいたみたいだ
ここにいて一日中、体を動かして
「休けいでーす、冷たい麦茶とお茶でーす」
「おっ、待ってました!!」
「あと、今晩のご飯、何かリクエストありますか?」
「あっっ、オレ、カツカレー」
みんなの喜ぶカオとかを見たら、たまらなく嬉しくなったりして・・・・・・ふいに思ったんだ
―――――――ボクが探していたのは、もしかするとこの道・・・・・・?
そう・・・・・・家政夫さんなのかもしれない!!
「カツカレー大盛りおまちっっ」
眩しい笑顔でカレーを盛った新八に私は力の限りツッコむぞ
おい、コラ、ちょっと待て!?
そこなのか? そこなのかよ!?
―――っていうか、待てよ、新八ぁん!!
何のための仙台!? 何のための松島!?
何のためのこれまでの前フリ!?
さんざん悩んで辿り着いた先がよ、何で寺なのか―――とか考えてみようぜ!? なぁ!?
このままでは読んで下さっているみなさんの口からガンダーラのメロディーが流れてしまう日もそう遠くないかも・・・・・・
「zzzzzzz」
そんな危機的状況の中、やわらかいタオルケットにくるまれて眠る、志村新八(22)の松島の夜は静かにふけていったのでしたとさ☆

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