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2009/5/29  0:31

キハ58系 急行「きのくに」  気動車(急行・その他)
こんばんわ。
このブログを打っている現在も結構な勢いで雨が降っています。予報では土曜日まで降ったり止んだり、日曜日もあまり天気は良くなさそうです。今度の週末はテツ休みかな。

アクセス数が減っているところで輪を掛けてしまいそうな地味ネタですが、今日は紀勢本線の急行「きのくに」のキハ58系DC時代の写真をアップいたします。

紀勢本線が電化したのは昭和53年9月だそうです。それまでは全線に渡って気動車王国であり、また、普通列車は客車列車が多かったようです。一部区間ではDF50も運用されており、キハ81・82系「くろしお」の存在と合わせて大変魅力のある線区だったと思います。

ただ、関東に住む私にとってはあまり便の良い場所ではありませんでしたし、昭和53年と言えば未だ中学生ですから、とてもロケに遠出するような場所ではありませんでした。

特急の「くろしお」については、縁あって天王寺駅や名古屋駅で撮影したことがありましたが、基本的には全く縁の無い場所です。

そんな紀勢本線でしたが、友人の誘いで、1度だけEF58の末期に写真を撮りに行ったことがありました。もちろん目的は、全国的にも最後になったEF58牽引の客車列車と、巡り合わせ良ければ遭えるかもしれないEF15だけでした。

そんな状況の中、現地に撮影に行って意外と目立っていたのが急行「きのくに」の存在です。電化直後から客車列車として残った普通列車を除き、特急は381系100番代や485系化され、普通列車には111系・113系が運用される様になります。
しかし、当時急行形車両は余剰がなかったためでしょうか、急行「きのくに」だけはキハ58系DCのまま残っていたんですね。しかも観光路線を抱える区間であり、編成もそこそこ長かったため。急行列車としての貫禄を保っていたように思います。

枚数はありませんが、ご覧下さい。

※撮影は、全て昭和59年7月6日です。


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紀勢本線 見老津〜周参見間にて


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紀勢本線 南部〜岩代間にて


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紀勢本線 白浜〜朝来間にて

私の撮る写真としては珍しく、やや夏らしさが表現できているような気がします。
昔は各地で7両編成以上の急行列車が走っていましたから、この時点においても決して珍しいとまでは言えませんでした。強いて言えば、関東では見ることが出来ないキハ65形が混結されていたことでしょうか。特に夏は暑い地域ですから、冷房車必須の優等列車と考えれば、馬力を落とさないで冷房電源を供給できるキハ65は重宝されたことと思います。

この頃の撮影は殆ど徒歩でしたので、本数が少ない分、来る列車は殆ど撮影していたように思います。そんなことで、何とか3枚だけですが、急行「きのくに」という個人的には縁の無かった列車の記録を残すことが出来たのは幸いでした。

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※列車名を間違えて打ち込んでいたので訂正しました。
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2009/5/31  16:23

投稿者:キハ181つばさ
金太郎様
12系「きのくに」ってEF60500番代が引っ張ったヤツじゃないですか?ファン誌で見たことがあるような気がします。
私が行ったときには既に普通列車の気動車は皆無だったようですね。非電化時代に行っていれば、レアな旧型気動車が沢山いたようです。まだその頃は特急列車か電カマばかりに目が行ってましたからね。やはり旧型と言うのは大人になってから解かるわびさびみたいなもんなんでしょうね。

2009/5/31  0:34

投稿者:金太郎
きのくには登場以来紀勢本線の急行として走り続けましたが、南海本線のキハ5500を連結したり、一時期は季節列車で12系のきのくに6号なんていうのも有ったと思います。
阪和線内はかなりすっ飛ばしていた記憶があります。
上りきのくに何号だかキハユニ15か16が和歌山まで先頭になっていたものもあったと思います。
キハユニはもちろん客扱い無しでしょうけど。
もう廃車になりましたが南海のキハ5500型1両が関鉄に来てキハ755として中ドア増設して常総線で使われていました。

PS13  つばささん、少なくともわたくしにとってはちっとも地味ネタじゃ無いですよ。
我が家のキハ58系もカトーのが和歌山所属のナンバーのきのくにの編成ですから。
昔のブラスのキットが新潟所属のナンバーですが。
こっちは最晩年のあがののつもりです。

2009/5/30  7:07

投稿者:キハ181つばさ
line様
おおっしゃるとおりで、地方幹線の場合は来るもの何でも撮っていた感があります。そういった意味では、北海道や山陰では、普通列車や貨物列車の記録も多く残っています。逆に、東北本線は良く行きましたが、貨物ダイヤが分からないので、移動中などで撮り逃しているケースも多いかもしれません。
キハ65って、500番代は寒冷地仕様となっていますが、東北では配置されなかったのでしょうかね?もっとも、東北の急行形は殆どが非冷房でしたから、サービス面ではキハ65が活躍する余地は無かったかもしれません。私もキハ65は何回か見ていますが、先頭に連結されてバッチリ撮れた写真は1枚も無いかもしれません。

2009/5/30  6:33

投稿者:キハ181つばさ
宮オオ様
南海乗り入れの「きのくに」は1日2往復もあったんですね。当時はEF58の興味だけで行っていたので、全く気にしませんでした。このときの撮影では写っていませんが、時間帯的には出逢っている筈なので、徒歩移動中に行かれてしまったか、撮影地の移動の際にすれ違ってしまったのでしょう。
この頃は風景重点の写真が多かったので、特に車両に執着していませんでしたね。

2009/5/29  20:07

投稿者:line
列車密度の低い線区だと、同じように来る者拒まずで何でも撮ってましたね。今振り返ると撮ってて良かったってやつもありました。
私もなんの変哲も無い列車でしたが、阪和線内できのくには撮ってました。
キハ65はアルプスに連結されてたのが関東唯一でしたかね。ただ先頭部に出てこなかったので、中間のやつしか撮れませんでした。

2009/5/29  15:21

投稿者:宮オオ
こんにちは、
「きのくに」といえば阪和線天王寺の始発だけでなく、南海電車のなんば始発の系統もあり、こちらは南海本線の当時の特急停車駅と同じ停車駅=南海電車の線内では特急扱い=で南海電車の終着駅の和歌山市より紀勢線に入り、和歌山で天王寺からの系統と仲良く併結して南紀白浜、新宮まで足を伸ばしてました。
車両はキハ55の南海バージョンの片運と両運の車がありましたが、昭和60.3の廃止時まで全て非冷房車のまゝ最期を迎えたとのことです。
戦前から昭和40年代半ばまで国鉄直通用の客車を南海電気鉄道では所有しており、自社線内では自社の電車に曳かれて走ってたと私がかつて関西に居たときに南海電車沿線に住む友人から聞いており、いかにして取り組んでたのかを伺い知る事が出来ました。
それでは、この辺にて失礼いたします。

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