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2009/6/3  0:54

関東鉄道キハ0形と大宮操車場の関係  大宮操車場
こんばんわ。
今日もなんかかなり疲れてます。また2人して風邪引いているようで、まいったな。

ほんと久し振りなんですが、大宮操車場ネタです。
でも、関東鉄道ネタなんです。どっちで扱って良い物やら・・・悩んだんですが・・・。


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昭和58年頃、場所は大宮操車場の上りハンプ山上の留置線です。

ハンプ入換線は、上下が隣同士になって、ほぼ左右対称の施設構造になっているのですが、上り山だけはこのように群線に辿り着く以前に留置線があります。下り線側にはありません。

このように、甲種輸送を伴い、散転禁止の車輌は一旦この場所に留置し、何らかの方法をもってハンプを通らずに次の列車へと併結されたものと思われます。

ちなみに、下り線でのこのような甲種回送があった場合ですが・・・
通常、このような甲種回送は最後部に連結されます。
下り本線に到着すると、本務機が大宮機関区へ回送され、待ち構えていた入換機(DE10又は11)に付け替えられ、進んできた方向と同じ方向へ進むため、甲種部分を切り離したまま本線に残してハンプ山へと向かうことが出来ます。
その後、方向別という別部隊によって区分の違うヤードに引き上げ、新たな列車へ併結することができます。


一方、上り本線に到着した甲種車輌は、下りとは違い、到着した列車の後部に入換機が付き、逆方向へ引上げが行われますので、併結させる列車が組成されていない以上、一旦ハンプに引き上げてくるしか方法が無くなってしまうんですね。すると、このように、ハンプの散転を行わずにその時が来るまで留置して置くようになるわけです。


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一応、車輌の方についても触れておきますが、
国鉄キハ20系の台枠以下、下回りに新製車体を乗せた車輌で、履歴上は新製車となっているということです。2連の半永久連結方式で、4編成計8両が製造されました。
片方の車番が003となっておりますので、003−004のコンビでは無いかと思われます。
現在は塗色変更が実施されて全く印象が変わってしまいましたが、8両とも元気で働いているようです。


私は約2年間、大宮操車場に勤務していましたが、この留置線で甲種回送の車両が留置されているのを見たのはこの時1度きりだったと思います。
当時、まだ茨城方面の私鉄の写真は撮りに行ったことがありませんでした(写真も基本的に国鉄派だった)ので、非常に新鮮に見えたものです。

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結局この車輌ですが、気が付いたとき写真を撮り、次に気になって見たときはいなくなってました。シチュエーションの記憶も曖昧になってきてしまったようで、説明が拙くなってしまってすみません。
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2009/6/6  17:41

投稿者:キハ181つばさ
シービー様
武蔵野線が出来てからは、このような車輌が都心を通るケースは少なかったのではないでしょうか?大体は客車列車として仕立てられてしまいますので、貨物列車併結は少なかったと思います。
大宮操車場では、このような回送を東部入換、西部入換(今でいうさいたま新都心駅辺りの東端と対岸の西端)で行ってしまうケースが多く、あまりハンプには来なかったですね。大宮工場の入出場に関わる荷物車は、結構ハンプを通りました。でも、飛び乗りが出来ませんので、なかなか乗れる機会はありませんでした。(入換の合間に乗りに行ったことは良く有りましたけど。)

2009/6/6  17:09

投稿者:シービー
大宮操車場を通る時には、こういった車両がいないかって見てましたね。
今では覚えていないのですが、当時はこういった車両を見ていたかもしれないです。
南浦和辺りで撮っていた頃でも、こういった編成の列車には遭遇した事がなかったでした。

http://blogs.yahoo.co.jp/mrcbcross14

2009/6/5  0:08

投稿者:キハ181つばさ
金太郎様
詳しくは知りませんが、当時気動車の製造といえば新潟鉄工と富士重工のみと言う感じでしたね。今では両者とも製造しなくなってしまいました。富士重工だとしたら搬出経路は水戸線経由になりそうなので、おそらく新潟鉄工からの送りだと思いますよ。ただ、この後どこを経由して搬入されたのかはわかりましぇん。

2009/6/4  23:28

投稿者:金太郎
こんばんわ。
キハ0系ですがエンジンはDMF13HZに換装、冷房化、塗装変更がなされてますが全車健在のようです。
これと同じ車体を持ったキハ17系の下回りを持ったキハ310系もやはり4編成8両在籍してましたが現在1編成が廃車されています。
こちらもキハ0系と同様の改造を受けております。
関鉄の気動車は西武所沢工場か大栄車両で改造がなされていたのですがキハ0系とキハ310系の一部は新潟鉄工で車体を新製したらしいのでそのせいでしょうか?


2009/6/3  20:54

投稿者:キハ181つばさ
宮オオ様
コレだけ技術が進歩してしまうと、例えリサイクルと言えども部品調達が出来なくなってしまい、維持が難しくなってしまうのでしょうね。
金属自体のリサイクルは可能ですから、発生品は原材料として使用し、メンテナンスフリーな機器を導入したほうが良いということなのでしょう。それでも使えそうなヤツは、海外への譲渡が多いようですね。優れた技術の結晶である日本製ならではということんなんでしょう

2009/6/3  16:35

投稿者:宮オオ
こんにちは、
廃車発生品流用の新車というと、大宮近辺ならば東武電車の3000.5000の系列や200系がいい例でしたし、八高線にいたキハ38、そして両毛、日光線の107さらには西武電車にいた幾つかの形式がそうでした。しかし近年は下回りのセコハンを再用するより、環境にやさしいVVVF車のECや経済性重視の中型DC、そしてバリアフリー化が成された路面電車と、最早セコハンのつけ入る隙が無くなってしまった様ですね。
それでは、この辺にて失礼します。

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