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2009/6/23  1:09

急行「津軽」:EF57〜客車時代  客車 列車・車両(ブルトレ以外)
こんばんわ。
どうもこのところブログアップしても、結果がチグハグで納得行かないというか、気持ちが悪い。マンネリ化してきたかな・・・。少し冷却期間をおいた方が良いのでしょうかね。

今日は何となく画像の写真を漁っていたら、なんとなく旧型客車をアップしたくなったので、1度は過去ログで紹介させていただきましたが、急行「津軽」を機関車じゃなく客車篇としてまとめてみました。


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昭和48年頃 蕨〜西川口間にて EF57牽引 上り急行「津軽1号」(再掲)

私が未だ写真を撮り始めた頃のものです。小学校4年生だと思います。
早朝から線路際に出て撮った写真。現在、良く「あけぼの」を撮っている場所です。
編成から一見して「津軽」と判る写真ですが、荷物車、座席車に続く3両目になにやら怪しい客車が連結されています。車体断面からおそらくスハネ30では無いかと思われます。この時代だとこんな寝台車がまだ現役だったんですね。


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昭和51年 蕨〜西川口間にて EF57牽引 上り急行「津軽2号」(再掲)

ハーフ判なのでブレてしまってます。仕方ないんで勘弁してください。
上野に9時台に到着する「津軽」は、付属編成を連結しないため、荷物車の直ぐ後にスロ62を連結しているのが特徴です。青塗装が殆どの急行列車の中で、茶色のマニ36も良いアクセントとなっています。


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昭和51年 蕨〜西川口間にて EF57牽引 上り急行「津軽2号」(再掲)

こちらも上の写真と同じ年代に撮ったものですが、妻板から足回りまで雪まみれになっていますので、おそらく1月から2月頃に撮った写真でしょう。もしかしたら、昭和52年かもしれません。
昔々、上野に着く夜行列車は、みんな雪国の便りを乗せて到着したんですよね。今では雪どころか、夜行列車自体が激減しちゃいましたね。


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昭和57年5月 浦和〜南浦和間にて EF5884牽引 上り「津軽2号」(再掲)

ずぅ〜と時代が流れて、東北新幹線開業直前ですね。
寝台車は10系が存置されましたが、座席車は12系化されています。
荷物車・グリーン車は既に外されていますが、A寝台車はまだ連結されています。

何故かこの間、全然「津軽」の写真を撮っていないんですよね。昭和54〜56年頃は、南浦和〜蕨〜西川口間でもかなり写真を撮っていた筈なんですが、9時代の「はくつる」「津軽」の時間は避けていたようです。何故だかは良く憶えていませんけど。


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3枚とも 昭和57年11月6日 上野駅にて EF5889牽引 「津軽2号」

上越新幹線開業直前、上野駅へ時代の変遷の様子を収めに行きました。
標準塗装時代のEF5889の牽引で上野駅に到着した上り「津軽2号」。たった半年後なのに、A寝台車もとうとう運用から外れてしまいました。新幹線の開業により、東北方面の夜行列車は完全に冬の時代と化してきました。


※追加画像

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昭和57年 上野駅にて EF58122牽引 「津軽4号」

これ、上の写真と同日でしょうかね。記録が曖昧です。
やはりA寝台がなくなり、わずかにマニ36とB寝台が1両だけ残った寂しい姿です。
新幹線が開業すれば、客車急行列車も殆どが消滅し、EF58の運用も縮小することが目に見えていました。しかし、上の89号機やこの122号機は誰もが予想しないほど長く生き残ったわけですね。


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昭和60年1月5日 東北本線 栗橋〜東鷲宮間にて EF58154牽引「津軽」

昭和58年7月のダイヤ改正で1往復が廃止、同時に20系化された「津軽」。ナロネ21を改造した自由席車ナハ21を3両連結してグレードアップを図りましたが、自由席車が少ないことから苦情が殺到、間もなくオール14系座席車に変わります。しかし、今度は寝台車が連結されていないことへの不満が出てきたため、14系寝台車を併結することとなりました。
写真は、そんな過渡期を越えた14系寝台車+座席車の時代で、結局は、この姿が最後の客車急行「津軽」となり、後に電車化→臨時列車化→廃止という運命を辿ることになりました。

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せっかく良い時間帯を走っていた列車なのに、本当に撮った数が少ないです。これは「津軽」以外にも、「はくつる」や「あけぼの6号」にも共通して言えます。14系ハザ時代や、20系時代、そして電車時代。全く撮っていませんT_T
3

2009/6/27  20:42

投稿者:キハ181つばさ
シービー様
定期列車ならまだしも、臨時じゃ荷物列車やグリーン車も付いていないので、なおさら分かるわけございませんね。久し振りに昭和50年代の時刻表をみたら、郡山以遠では「あずま」以外すべての名称の客車臨時急行がありましたね。他にも「みはる」とか「おいらせ」なんていうのも。撮った時間を特定する材料(駅の時計とか、前後のコマに写っている列車とか)がないと、もう迷宮入りですね。

2009/6/27  20:30

投稿者:シービー
EF57も普通列車ではよく遭遇できましたが、急行となると臨時急行でたまに遭遇のようでした。
それと編成を入れて撮るというより、機関車主体で撮っていたようなので、何の列車なのかわからいっていう難点があっちゃいます。

http://blogs.yahoo.co.jp/mrcbcross14

2009/6/27  20:19

投稿者:キハ181つばさ
ワブ!様
1度だけの出逢いでカメラを持っていなかったというのは、地団駄を踏みたいくらいに悔しかったでしょうね。当時は使い捨てカメラなんてありませんから、「何とかする」ってことも出来ませんでした。
今は使い捨ても携帯もあり、便利な世の中になりました。でも、その悔しさのお陰でEF57が記憶に残っている、というのも宝物の1つだと思いますよ。

2009/6/27  0:47

投稿者:ワブ!
EF57は一度だけ上野駅の地上ホームで見たことがあります。
あれが最初で最後のEF57との出会いでした。その時,カメラを持っていなかったのが残念です。


http://plaza.rakuten.co.jp/tetsumo/

2009/6/24  23:19

投稿者:キハ181つばさ
急行越前様
ようこそいらっしゃいました。また、コメントいただきありがとうございます。
コメントの内容が1年くらいズレているようですが、オートハーフと言うしょうも無いカメラしかなくてロクな写真が撮れなかったこと、EF57のデッキに乗って旅したこと、悔しくて宇都宮運転所まで写真を撮りに行ったこと、全く同じですね(笑)。
言わば私のテツ写真駆け出しの時代ですが、仕上がりがどれもいただけないため、苦くも懐かしい思い出として残っております。
昼間に最近の記事を覗かせていただきましたが、改めてお邪魔させていただきます。今後もよろしくお願いいたします!

2009/6/24  13:46

投稿者:急行越前
キハ181つばささま?うさぴょんさま?はじめまして、急行越前と申します。

EF57なつかしいです!!
急行津軽もいいですね!
たしか1975年ごろ、鉄道ファンのEF57特集を見て、その頃中学1年だったのですが、ハーフのどうしようもないカメラをもってEF57を撮りに無謀にも久喜〜白岡の田んぼに行ったことを思い出しました。
当然ロクな写真は撮れず、がっかりして宇都宮まで行き、やっとゆっくりEF57を見物できたことを思い出しました。懐かしい写真を見せていただきありがとうございます。

私も客車や貨物列車を題材にしたブログをやっております。よろしければおいでください。

http://expechizen.exblog.jp/

2009/6/23  23:05

投稿者:キハ181つばさ
宮オオ様
私が初めて「銀河2号」という寝台列車に乗ったとき、乗車率100%と言えるくらい満員でした。新幹線博多開業後の山陽九州夜行は閑古鳥でしたが、夜行列車は自由席車でも大盛況な時代でしたね。
今でこそ私でもゆっくり落ち着いて旅行したいので、どうしても個室が良いな、と思ってしまいます。周りのおしゃべりが気になったり、酔っ払いが大声(←本人は普通のつもり?)のお陰で、幾度と無く睡眠妨害を受けたのがトラウマになっています。
静かで気ままも旅、人と触れ合うのも旅、だけど、舞台となる列車がなくなってしまえば味わう機会すらなくなってしまいますね。

2009/6/23  22:59

投稿者:キハ181つばさ
金太郎様
当時はスハネ30なんて知りませんでしたし、10系寝台の団体用だって20年位前まで違いが判らなかったですからね。偶然撮った割にはどちらも貴重な車輌でしたね。
新幹線開業後は目まぐるしく車輌が変わりました。余剰があったのも原因ですが、どうも利用客からの注文が多かったような気がします。その辺りのバリエーションが揃っていれば「津軽歴史館」みたいな記事が掛けたのでしょうが(笑)。さすがに当時は面白みも感じず、全く無視してました。時間帯も良くなかったですね。

2009/6/23  22:49

投稿者:キハ181つばさ
JZX81様
同じくらいの世代の方にとって、当時のEF57は青春そのものだったのではないでしょうか?
私もちょうど最後の活躍の頃、ハーフ判しかなくてみんなブレちゃっているんですよ。せめてオートじゃなければもう少し見られる写真だったと思いますが、非常に悔いの残る時代でした。
過ぎ去りし懐かしい時代のヘボ写真ですが、感銘いただければ光栄です。

2009/6/23  22:45

投稿者:宮オオ
こんばんは、
車両の魅力もさることながら、私から云わせれば夜汽車というのは人々の喜びと悲しみをギッシリ詰め込んだ、様々な思いが溢れてる列車という感じがいたします。
A.B寝台車しかりG車しかりそして普通車と・・・。
いまの新幹線、高速バスそしてヒコーキなどでは味わえない人情味豊かな列車ではなかったかと思います。
あの時代は今みたいなプライバシーがどうのこうのといったせち辛さがなく、比較的おゝらかだったから列車の中における様々なドラマが展開してたようですね。
今でも長距離のフェリーとかに乗ると、写真の夜汽車に近い人情味ある雰囲気が味わえますけど、それにしても方言が飛び交い人々の喜びと悲しみを詰め込んだ夜汽車が、ホント往年の賑やかだった頃の上野のターミナルの風景共々懐かしい限りです。
それでは、この辺にて失礼いたします。

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