鉄道コム

2010/9/29  3:57

ローカルな風景 第44回(国鉄 胆振線:キハ22253)  ローカルな風景
すごいおはようございます。

昨夜、変な時間に寝てしまい、これまた変な時間に起きてしまいました。今日は仕事ですよ・・・。
朝だと慌しいので、強引にアップしちゃいます。

今日は久々ローカルな風景シリーズで、今は無き国鉄胆振線の写真をご紹介いたします。


クリックすると元のサイズで表示します
昭和58年9月6日 キハ22253

実はこの写真、胆振線には間違いないのですが、どの駅で撮ったか不明なんです。
胆振線では途中の比較的大きな駅(←と言ってもみんなローカルですが・・・)では数分ずつの運転停車がありました。
このときも、途中の新大滝駅、喜茂別駅、京極駅で入場券を購入しておりますので、このうちのどれかの駅だと思います。
このような写真を撮る場合、大体は駅名標が入るように撮るものですが、さすがにこのロケーションではそのような都合の良い構図は望めませんよね。
今だったらデジカメで時間を記録できますから、難なく判ってしまう訳です。便利な世の中になりました。

函館山線で特急「北海」や急行「ニセコ」を撮る際、わざわざ乗り鉄を兼ねて踏破した区間ですが、昭和59年6月に廃止が承認され、2年後の昭和61年10月末をもって全線廃止となってしまいました。

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昨日は外回りだったのですが、お昼の移動時間、豪雨に遭ってしまいました。ズボンはびしょ濡れ・・・午後は戦意喪失でしたね(笑)。こんな涼しいのに、なんで雷が鳴りますかね?異常です。

※「マル鉄コレクション館」で、『時刻表ネタ 昭和55年 国鉄胆振線 循環急行「いぶり」』をアップいたしました。
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2011/11/16  23:24

投稿者:キハ181つばさ
胆振線ファン様
コメント、及び情報ありがとうございます。
自分が乗ってきた列車を撮ったとばかり思っていたのですが、そうですか、もしかしたら交換の対向列車を撮ったのかもしれませんね。記憶が曖昧で困ります。
でも、大変参考になりました。

2011/11/15  14:00

投稿者:胆振線ファン
たぶん…喜茂別駅かと思います。私は、京極町出身です。高校時代、地元を離れ下宿しながら高校へ行ってましたが、休みの日は胆振線で実家へ帰っていましたので、これはおそらく喜茂別駅の上りホーム(伊達紋別行)だと思います。新大滝は、ホームの後ろは雑木林はありませんので。

2010/11/22  22:50

投稿者:キハ181つばさ
kumanohito様
はじめまして。ようこそいらっしゃいました。
貴重な情報をいただきありがとうございます。消去法とは言え、確実に可能性が消せるのであれば、その分、他の可能性を引き出せるわけですから、それだけでも大変ありがたく思います。
北海道も15年以上行っていないので、今後もこの写真を実地で検証できる可能性は殆どないと思います。記憶が皆無となった今では、地元を知る方の情報は大変頼りになります。
北海道ネタは他にも沢山アップしています。トップ写真の下にあるアーカイブズボタン「路線別索引国鉄JR」で検索がしやすくなっていますので、是非他の記事もごらんになってください。

2010/11/22  17:30

投稿者:kumanohito
はじめまして。胆振線で検索していたら偶然拝見しました。懐かしい写真を載せていてくださってありがとうございます。撮影地について、ご参考になればですが、京極駅でないことは確かです(笑)
実は私の祖父が京極に住んでおりましたため、何度も急行いぶりは利用していました。京極駅の記憶も鮮明ですが、京極駅は、倶知安方面行きは駅舎側にホームがあります。木造のしっかりしたつくりの駅でした。伊達紋別方面は島式ホームになっておりました。その背景には広大なじゃがいも?畑がありましたので、この写真は京極駅でないと思われます。(背景にこのようにりっぱな林はありませんでした)
消去法で恐縮ですが、撮影場所の特定にお役に立てればと思い、書き込ませていただきました。

2010/10/4  23:53

投稿者:キハ181つばさ
水無月様
北海道では赤字ローカル線どころか本線と名の付く路線までなくなってしまい、ある意味テツ的には興味が半減してしまったと思います。でも、こうでもしなければ、JR北海道ですら存続の危機に立たされたかもしれませんし、止むを得なかったと諦めるしかありません。
場所によっては、駅舎や廃車体を残してメモリアルパークにしているところが多いようですが、果たしてこの路線はどうなのでしょうか?昭和新山を延々と眺め、羊蹄山が見えたときは「いよいよ目的地に着いた!」と気合を入れ直したものです。
デジイチ、やっと手に入れました!ありがとうございます。今日はSDカードを買ってきたので、これでいつでも撮影開始できます。ただ、これで今までよりへたくそになってしまったらどうしよう・・・。

2010/10/4  12:50

投稿者:水無月
こんにちは。

当時、オホーツク地方に住んでいたこともあり、年代的にもまだまだ他の地に興味が向かない時代でした。
大人になって行動範囲も広くなり、京極や大滝、北湯沢などへ行くようになり、こうして貴重なお写真を拝見して初めて、こんな場所に鉄道が敷かれ、駅があったんだと感慨深くなります。
昭和新山もそうですが、羊蹄山もすごく近くに見える路線なのでしょうね。

ところでデジイチ導入、おめでとうございます♪
撮影の幅が広がり、楽しみがさらに増えますね。
デジイチでの作品、楽しみにしています!

http://train-train63.jugem.jp/

2010/9/30  14:12

投稿者:キハ181つばさ
シービー様
そんなカマがあったの、知らなかったです。写真でも判るように、列車は1両編成で、殆ど客は乗っていません。その割りに、構内の交換線延長が異常に長いですね。その昔は、それなりの延長の貨物列車も走っていたのでしょう。
3つどうも。

2010/9/30  14:10

投稿者:キハ181つばさ
宮オオ様
胆振線は昭和新山をグルリと取り巻くように走っていましたね。実物の昭和新山を初めて見て、意外に大きな山だったので驚きました。線形の関係から、いつまでも昭和新山が間近に見えるので、いつまで経っても景色が変わらない感じと、怖いような感じがしたのが印象的でした。

2010/9/29  21:38

投稿者:シービー
胆振線、乗った事がない路線でした。
胆振線の96が二つ目で先台車と繋がっている、首振り式の前照灯のイメージでしょうか。
郵頼で何駅か入場券を購入した事があったとさ〜。
3ぽっち〜なり。

http://blogs.yahoo.co.jp/mrcbcross14

2010/9/29  8:35

投稿者:宮オオ
おはようございます。
胆振線を語る上で避ける事が出来ないのは、沿線の有珠郡壮瞥町[大相撲の北の湖親方はここの出身です]近郊において、戦争末期に近い昭和18〜19年にかけて噴火した標高408mの昭和新山の形成による隆起により、路線の付け替えを何度も余儀なくされた事です。
かの有名な有珠山の近くとあって昔々は平坦だった地にある日突然隆起現象が起き、やがて噴火して火山となりそしてその名も昭和新山となって今に至りますが、その影響をまともに受けた胆振線はある意味記念碑的な路線だったのではないかと思います。
それでは、この辺にて失礼いたします。

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