鉄道コム

2007/11/11  1:07

189系「あさま」(国鉄色)  特急型電車(直流)
こんばんわ。

今までにご紹介していなかったラインとして、今日は189系「あさま」の国鉄色時代の写真をお届けしたいと思います。

横軽通過対策車として製作された189系。通過両数を8両に制限されていた旅客車の12両化を実現し、それまでのスピードの要であった181系をアッと言う間に一掃しました。そして、同時に交直両用型である489系とともに、信越本線のスターの座を揺ぎ無いものとしてきました。
趣味的には、181系「あさま」を早々に駆逐してしまった”悪者”とさえ感じていた人は沢山いらっしゃったのではないでしょうか?かくいう私も、本格的に写真を撮る前に置き換えられてしまい、「あさま」「そよかぜ」という憧れの特急列車を写真に収めることができず、悔しい思いをした一人です。

そんな189系ですが、今や波動輸送用にわずか残るのみであり、当時の181系と同じ立場に立たされています。今日はそんな彼らのもっとも輝いていた国鉄色時代の写真を集めてみました。

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昭和60年5月 東北本線 北浦和〜浦和間にて


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昭和60年11月4日 高崎線 岡部〜深谷間にて


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昭和62年4月5日 高崎線 深谷〜岡部(多分そうだと思う)間にて
9両化実施後


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昭和63年12月23日 東北本線 西川口〜蕨間にて

昭和57年の上越新幹線開業後においても大宮乗換え+高崎乗換えの不便さをカバーできないことから、「あさま」は運転区間を短縮されることなく活躍を続けました。


これはオマケ画像です。
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平成元年11月4日 軽井沢横川間にて EF63に牽かれ峠を下り始める189系「あさま」


急行列車からの格上げで改正後とに勢力を延ばし続けた「あさま」は、輸送需要に見合った本数の増発・9両短縮化・グレードアップ化など実施されましたが、結局は新幹線という名の高速鉄道にその命を委ねることとなり、横軽の廃止を道連れに消滅する寂しい結果となってしまいました。
当時は本数も多く、489系が運用から撤退するなど面白みがなかったため、ほとんど写真を撮ることもありませんでした。しかし、じっくり見てみると、改造車や形式間の変造車などもあって実はもう少し興味深い形式であったのでした。その点についてはいつもどおり後の祭りで、今となっては、残っている彼らを見守ってあげることくらいしかできなくなってしまいました。
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2009/3/20  23:32

投稿者:キハ181つばさ
シービー様
今では旧車との位置付けで狂ったように取り捲られている存在ですが、181系から切り替わって追っ駆けているファンは殆どいなかったのではないでしょうかね。
外観では区別が難しいと言うか、違わないかもしれません。上野寄りの189−500はひょっとしたら協調用のジャンパ栓でも付いているんじゃないかと思いますが、どれもスカート部が暗くて良く判りませんな、ハハハ・・・。

2009/3/20  23:03

投稿者:シービー
189になってからは撮ってる枚数がガタ落ちです。
と言いながらも、あさま1号で上野から直江津まで乗った事がありました〜。

それとクハ189とクハ1831000の外観の見分けってあるのでしょうか。

2007/11/11  23:31

投稿者:キハ181つばさ
金太郎様
確かに、当時特急形で2ドアと言うのは、辛うじて特急形と呼べそうな157系くらいでしたから、何となく格が落ちたような感覚は私も持っていました。
あの斜めに切れた塗装もどういった発想だったんでしょうね?183系0番代はそれまでの塗り分けを踏襲していましたから。
キハ183系にしてもそうですが、最初は拒絶していても、長年見慣れて、さらに塗装変更などされてしまうと、やはり「オリジナル」しか受け付けられなくなってしまうんですね。そして、その「オリジナル」が良いと納得してしまうんです。

2007/11/11  23:06

投稿者:金太郎
189系、183系は2ドアという事もあって何故か中途半端な感じを受けました。その後185系なんかでてきましたのでそれよりはまだ特急らしさはいくらかは有ったかと思います。ただ、189,183系1000番台共に非貫通、ツリ目塗りということで顔は最初は受け入れがたいものもありました。しかし、国鉄特急色を纏うだけでらしくなってしまう、不思議です。まあ、ツリ目も慣れました。当時から私は慣れないものには拒否反応が人一倍強い人間でしたのでそのせいかもしれませんが。

2007/11/11  17:57

投稿者:キハ181つばさ
Swallow Angel様
碓氷峠廃止から10年ですから早いモンですね。
考えてみれば181系時代というのがあまり長くなかったわけですから、東京〜長野方面の輸送を支えてきたのはこの189系と言っても過言ではないと思います。
私も何度か「あさま」に乗ったことがありますが、碓氷峠で空気バネをパンクさせて上る時の震動は今でも忘れることはできません。
現在もオリジナル色の189系が残っていますが、特急マークやJNRマークが無い姿は「生かされている」感じの哀しさがありますね。

2007/11/11  8:13

投稿者:Swallow Angel
碓氷越えの伝説はもう昔話なんですね。上野の7、8番線に「とき」と並んでた姿やグレードアップ後、18番線から「スーパーひたち」と同時に発車する姿も絵になりました。まさにあさまは花形列車でしたね。
一度、直江津出張の帰りに乗ったことがありますが、新井のスイッチバックと碓氷峠の2つの峠を越える、まさに山男でした。
189系も国鉄色に戻っていますが、特急マークを取られてしまって、なんだかかわいそうな姿になりました。

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