鉄道コム

2008/2/28  1:40

国鉄157系お召編成:クロ157  特急型電車(直流)
今日は、157系お召編成の写真をご紹介いたします。

昭和51年に定期運用が外れてしまった157系。引退が早かっただけに、私的には殆ど記録が残っていませんが、お召電車クロ157を含む編成(クモハ157−1+モハ156−1+クロ157−1+モハ156−2+クモハ157−2)はその後も暫く生き長らえたため、写真を撮る機会がありました。
しかし、年齢も若いときのため、絵的には良いものではありませんが、まあこれしかありませんのでご覧いただきたいと思います。

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します
以上3枚とも 昭和52年 東北本線 蕨〜西川口間にて

那須の御用邸に陛下(昭和天皇)を送った帰りの回送列車です。お召列車ですから、もちろん新車のようにピカピカです。
クロ157は4枚折り戸が特徴で、当時は他に類を見ない、一般人には憧れのドアです。
形式上は急行形ですが、塗装や当時の用途からすれば特急用と言って良いでしょう。そういう意味では、東海顔低窓の特急車というのも唯一のスタイルとなります。


クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します
以上2枚とも 和53年 東北本線 蕨〜西川口間にて

こちらは翌年の撮影となりますが、どうも中に人が乗っていて陛下もご乗車されているような気がします。何故かといいますと、回送の際にはクロ157の横っ腹についている菊の御紋を外すのですが、このクロ157にはしっかり付いています。ただ、殆ど記憶に無いのですが、このときに警備が沢山いたような気がしないのです。その証拠に、子供達が線路に相当近寄って遊んでいますので、当時のお召警備だと完全に排除されますから、状況的に不自然なんですね。

もう当時の記憶もありませんから、どうでも良い話ではあります。

しかし、ヘッドマークの付いた157系は大変良いスタイルをしていると思うのですが、ヘッドマークを外してしまうと何でこんなおマヌケな顔になってしまうんでしょうね。これは鉄道車両のデザインの中でも七不思議にランクインするのではないでしょうか。
鉄道ファン誌で見たことがありますが、かつては「白根」のヘッドマークを付けたままお召列車が運転されたこともあるようです。

これから間もなく、牽引車が183系となり、さらに185系に代わった際には、クロ157は塗装まで変えられてしまいました。その後のクロ157を撮影した記憶はどうもありません。

157系お召につきましては、Fe4のメンバーでありますシービーさんのブログ http://blogs.yahoo.co.jp/mrcbcross14/MYBLOG/yblog.html?m=lc&sv=%A3%B1%A3%B5%A3%B7%B7%CF&sk=0 でも紹介されていますので、是非ご覧になってみてください。
2

2012/7/24  7:02

投稿者:キハ181つばさ
徹様
コメントありがとうございます。
私的には、正に良き時代の中ほどくらいですかね。この後157系も廃車となり、183系へと移行。185系になってからは変な塗装になってしまいました。
正面顔が先頭になっているところも見てみたかったですね。

2012/7/23  21:00

投稿者:徹
うさぴょん様
はじめまして。157系とクロ157の写真は懐かしいですね。しかも東北本線の西川口〜蕨間。昔のクロ157−1は気品があり、いつみても美しいと思います。貴重な写真ですからずっと大切にしてくださいね。もしフィルムがあったらCDに移植するとよいでしょう。

2009/2/21  22:47

投稿者:キハ181つばさ
宮オオ様
こうした構造はデザイン重視で、耐久性は実際にやってみないと分からなかったでしょうね。でも、そうして日々進歩が積み重なっていくのだと思います。
サロ455はサロのまま窓改造したものは無かったようですが、短編成化によるクハ化の際に何両も実施されていますので、全てが早死にしたわけではありません。九州地区では下降窓のままクハ化されたものもあり、Nゲージでもこれを改造のネタとして使ったことがあります。

2009/2/20  22:35

投稿者:宮オオ
こんばんは、
一段下降窓というと国鉄の高度経済期の夜明け前から陰りが出る頃までには157のほかに急行型グリーン車の例がありましたけど、雨水などによる腐食を理由に157とサロ152改めサロ112は早死にしてしまい、一部のサロ165とキロ28は下降窓をユニットサッシ二段窓化改造を行ったのに対し、大部分の他の車両ー特に157の前に製造のサロ853改めクハ853をはじめ、サロ451.455は一両もU窓化改造がないのには注目ーはそのまゝ改造されることなく寿命ー余剰廃車も含めてーを迎えてるから、当時の国鉄さんの考えには「?」と思う次第です。
本日はこの辺にて失礼いたします。

2008/4/19  18:32

投稿者:キハ181つばさ
シービー様
このようなスタイルを見ると、貫通扉も顔のデザインとして重要な要素なんだなぁと思うところです。
私も長年住んでいてこれだけですから、撮れていなくっても無理ないでしょう。お召も原則平日運転でしょうから、中坊だった頃の特典でもありましょう。

2008/4/19  17:47

投稿者:シービー
やはりHMを付ける前提で、マスクを設計したのでしょうね。
それとHMが無いのは見慣れていないので、どうも〜って感じになってたんでしょうね。
この沿線では157のお召しは見ていないので、運が悪かったのかなぁ〜。
遅くなりましたがリンク有難うございます。

2008/2/29  22:01

投稿者:キハ181つばさ
swallow angel様
準急時代は羽のついたヘッドマークでしたね。レタとしては地味なもんですが、羽を付けたことによって左右の開いた目の間が落ち着いたのではないでしょうか。さすがにその頃の実物の列車は見たことがありませんけど。
157系お召は那須の御用邸に行きますので、写真を撮らなくともかなりの回数を目撃しています。沿線に住んでいたことを感謝する次第です。
いつもぽちありがとうございますm( _ _ )m

2008/2/29  19:13

投稿者:swallow angel
lineさんが以前おっしゃってましたが、「あまぎ」のデザイン文字のヘッドマークはイラストヘッドマークの走りでは?というお話がありましたが、157系はヘッドマークをつけて初めて締まった顔立ちになりますね。製造時は準急用ですからそのあたり適当だったのかしら?
クロは一度品川で寝てるところを目撃しましたが、それが最初で最後ですね。もちろん写真なんかありません。
貴重なお写真ありがとう“ぽち”

http://do-raku-oyaji.cocolog-nifty.com/blog/

2008/2/28  23:29

投稿者:キハ181つばさ
金太郎様
PS22Bと来ましたか・・・細かいところでツッコミありがとうございます。
157系は元々準急用ですから、特急列車に使われただけマシだと思いますよ。塗装変更・冷房化・2パンタ化など、形態の変化をみると、それぞれが非常に短い期間なんですね。
クハやM’M中間ユニットで153系のような編成でデビューしていれば、当然特急用として固定窓化、下降窓による腐食の影響もなく、あと10年は長生きできたのではないでしょうか?
JR東日本では、今後電気機関車を製造する気は無いでしょうから、当分の間DD51や、EF64/65/81といった形式に任せるのではないでしょうかね。最悪は、貨物と緊急時対応の契約を締結して対応するのではないか、という気がします。

2008/2/28  21:33

投稿者:金太郎
皆さん仰るように、157系はHMが無いと間の抜けた感じになってかっこ悪くなるようですね。お召し電車といえばやはり157系ですね。183は断面が違うし185ではしっくりこない。言葉は悪いかも知れないですが思えば157も何か中途半端な特急型というポジションで営業用としては不運だったかもしれないですね。しかし153.165.185系みたいに普通列車に使われなかった事は優等車の看板を守ったといえるかも知れませんね。クハが存在しない事が子供心に疑問でした。クロ157,655系の登場で処遇が気になります。もしとか・・・だったらといった仮定法が許されるなら、今後もお召し列車を機関車でという事であれば電化区間は交直両用のハチイチが5861の後継機に指定されたのでしょうね、多分。耐用年数の問題もあると思いますが。

ps22B:つばささん、ご心配なく(笑)。昨日の件ですがどちらかといえば模型ファンなので(勿論実物も好きですが)いろいろ調べるのは苦にはなりません。私自身もEF10に関する不明点がありまして解らない事をそのままにしておけない性質ですので。自分の為でもありましたので・・・。

コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ