鉄道コム

2008/3/26  1:34

急行「天の川」:EF58牽引 10系・20系寝台列車  ブルートレイン:機関車・客車
写真が20系主体なので、ブルートレインのカテゴリで整理させていただきます。

今日は、上野〜秋田間を結んでいた寝台急行列車「天の川」をご紹介させていただきます。
ところで、『寝台列車』ってご存知ですか?
昔の時刻表を見ると、夜行急行列車に『(寝台列車)』と記載されている列車と何も記載されていない列車があります。列車名や編成をご覧いただくと一目瞭然なのですが、列車の編成が寝台車で組成された列車が『寝台列車』で、寝台車を連結していても座席車が主体となっている列車はただの夜行急行列車な訳です。特急寝台は原則全車寝台車なので、自動的に『寝台列車』となります。
※例外的にグリーン車や普通座席車が連結されていても、全車指定席の場合は『(寝台列車)』と表現されています。

ついこの間廃止となった「銀河」も『寝台列車』になりますし、昭和40年代後半からで例えますと、東北スジでは「北星」「新星」、上越スジですと「天の川」「北陸2号」が『寝台列車』に該当します。

これらの列車はいずれも急行列車の中では超優等な存在であり、その後特急列車に格上げされたり、急行のままでも20系化されたりと、いずれも優遇された扱いを受けています。

時間的な厳しさから殆ど撮影する機会がなかったのですが、スキャニング作業から発掘された昔の写真をご覧下さい。

クリックすると元のサイズで表示します
昭和48年か49年頃 東北本線 蕨〜西川口間にて EF58牽引 10系寝台「天の川」

サクラパックで撮影した、鉄活動最初期の頃の写真です。
当時、上越形のEF58が牽引する急行は「天の川」と「北陸2号」がありましたが、次位にオユ10が連結されていますので、「天の川」であることが分かります。
通常3月頃の撮影はかなりキツイので、到着が遅れていたのではないでしょうか。
オユ10は未だ非冷房ですし、全車10系寝台列車というのも昭和51年半ばには消滅していますので、今となっては貴重なシーンですね。
春闘の落書きがしてある写真は、私は殆ど撮影していなかったので、そういった意味でも貴重かもしれません。


クリックすると元のサイズで表示します
昭和52年 東北本線 蕨〜西川口間にて 20系化された急行「天の川」

前述のとおり、急行寝台列車だった「天の川」は、10系寝台車の老朽化に伴う撤退と、寝台特急「ゆうづる」の14系・24系化による20系客車の捻出により、東北急行「新星」とともに20系化されました。
「新星」と「天の川」は全く編成が違うために共通運用にはなっていませんでしたが、組成替えによる車両の共通化は図られていたようです。ちなみに、写真の後から2両目に連結されているナハフ21改造のナハネフ21は急行「新星」に良く使用されていましたが、写真ではナハネフ21と22のダブル緩急車という一風変わった編成に組成されています。

クリックすると元のサイズで表示します
昭和57年1月5日 上越線 水上駅構内にて EF58175牽引の20系「天の川」

この写真は、水上駅に初めて夜間撮影に行ったときのものです。
このときはギリギリEF58の運用が残っていたのですが、この後直ぐに撤退してしまったようです。
この場面の後に峠越えの補機が連結されるのですが、全てEF641000番代に置き換わってしまった後で、残念ながらEF16の姿を見ることは叶いませんでした。
冬なのに雨に降られてスゴクつらい撮影でした。


10系寝台列車時代からA寝台を2両も連結し、羽越本線経由としては唯一新潟を経由する列車としてその優等振りを発揮していた急行寝台列車「天の川」でしたが、昭和60年3月、上越新幹線の上野開業により惜しまれつつも廃止されてしまいました。
22

2008/3/28  21:23

投稿者:キハ181つばさ
シービー様
仰せのとおり、クロススクリーンを使用しています。
正直、無駄だし大袈裟だしというところですが、このくらい真っ暗で光が少ないと、もし何もつけなかったらインパクトがまるでなかったかもしれません。
創作的な意味では、20%くらいは成功したような気がします。
個人的には切妻の21も23も好きです。初めて「日本海」で見たとき『カッチョエ〜!』と思い、それからずっとファンです。
ぽちども!

2008/3/28  14:04

投稿者:シービー
水上駅の夜間撮影、クロススクリーンフィルターを装着しているのでしょうか。
自分も何枚か撮った事があるのですが、上手くいかないんですよね。
ナハネフ21、上野で実車を見たことありましたが、一両だけ窓が小さい車両、目立ちましたね。
本日のポチっと。

2008/3/26  22:20

投稿者:キハ181つばさ
line様
雪だとレフ板代わりになりますので、もっと明るい情景が期待できますね。雨は光を乱反射させてしまうので、一番厄介です。EF58だからクリーム色が反射して映ってくれていますが、これにEF16が付いたら真っ黒で終りだったかもしれません。
ホントにデジカメは便利ですよね。納得行かなかったらその場で何回もシャッターが切れますから。これはリバーサルだったので、時間を何回か変えて撮影したうちの1枚です。

2008/3/26  22:16

投稿者:キハ181つばさ
金太郎様
あまり昔まで追っかけてしまうと、2本が1本に統合されたり行先がそもそも違うのに名前が引き継がれたりしてわけ解かんなくなっちゃいます。なので、私の場合は概ね昭和47年以降くらいで話を始めているんですよ。じゃないと、1つのネタアップするのに12時間とか掛かっちゃいますんで。
EF15の重連とか昔あったみたいですが、個人的には上越越えと言えばED16の方が良く記事を見ますね。勿論客車の牽引にはマヌ何がしか連結しています。EF58がまだ31両しかないくらいの時期の話ではないですかね?

2008/3/26  16:51

投稿者:line
水上に行って1月最初で雨とは悲惨でしたね。周辺にも雪が無さそうです。
雨だと全てがテカっちゃうので夜景の場合はみんな漆黒になってしまうんですね。これで積雪してれば客車まで浮き上がってくるのでしょう。この頃デジタルがあれば撮り直しが出来たのですがねぇー。

2008/3/26  15:44

投稿者:金太郎
あと一点よろしいですか?15がそういう使われ方をしていたのはゴハチ不足だったからなんでしょうかね?冬場は一体どうしてたのか・・・。マヌ34くっつけてたのか?SGの付いたゴナナがあったにもかかわらず東北に行かせて雪の半端じゃなく多い上越に15とは・・・。勾配だから速度は入らない発想なんですかねー。

2008/3/26  15:39

投稿者:金太郎
10系寝台の天の川なんて貴重ですね。またまた大昔の時刻表昭和41.10月を見たんですが天の川は701列車で新潟行き、801列車羽黒が秋田行きになってました。鳥海は気動車でした。天の川ですが羽黒が後年天の川に変更になったんでしょうかね?新潟行きのそれは165系化されて佐渡に編入とか?これは私の推測ですがね。あの頃の列車名はめまぐるしい変化ですね。

忘れがちですが天の川も20系でしたね。寝台列車の表記懐かしいです。あ、そうそう見ましたよー鉄ファン!!

ゴハチファンの中にはチョッと見ただけで番号特定できる方もいらっしゃるとか?も一つ余談を・・・。高崎から先EF15が急行を牽引していた時代もあったようですね。貨物用機で水上−高崎間表定速度60km/h近く出してたんですかね?この区間全通ですが・・・。40年代初頭では私もまだ2歳ぐらい、鉄のての字もわかりませんが・・・。事実とすれば面白いでしょうね。

コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ