鉄道コム

2008/4/5  7:50

583系「ひばり」:総集編  特急型電車(交直流・交流)
おはようございます。
昨日はアップの準備をしてはいたのですが、突然の睡魔に襲われて敢え無くダウン。こんな時間になってしまいました。

さて、今日はスキャニング終了画像から583系の「ひばり」を総集編として締めたいと思います。過去にもアップした写真が殆どですが、過去ログをご覧いただいていない方のために全て再掲いたします。

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昭和48〜49年頃 東北本線 須賀川駅にて

母親の実家に行くときにねだってはじめて乗せてもらった583系「ひばり」。この頃は既に583系の大ファンでした。でも実際に乗ってみたら向かい合わせの座席にガックリしたものです。まだ身体も小さいので、足元の余裕とか関係なかったんですね。


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昭和52年 東北本線 宇都宮駅にて(再掲)

EF57の休車体を撮りに行ったときに撮った写真だと思います。友人に標準レンズ+テレプラスを借りて撮った初めての望遠写真に感動したものでした。


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昭和52年 上野駅にて(上の写真は再掲)

度々話題にさせていただいていますが、昭和51年頃から52年くらいにかけて、西日本から転属してきた暖地装備のクハ583−29・30が青森運転所にやってきました。東北スジでは唯一の開放型タイフォンを持ち、異色の存在でした。実際に走っていたのは1年くらいだったと思いますが、いつの間にか開閉式に改造され、区別が出来なくなってしまいました。


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昭和52年 東北本線 栗橋〜古河間にて

まだ駅間撮りを余りしていなかった頃、当時はヒガハスよりも有名であった栗橋の利根川橋梁付近で撮った写真。
この写真は茨城県側で撮影したもので、もちろん旧橋梁時代。バックにチラッと見える高架は新線で、現在の利根川橋梁のアプローチ部になります。


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昭和53年 東北本線 西川口〜蕨間にて(再掲)

中学3年の頃で、学校の担任にズームレンズを借りて撮ったものだと記憶しています。
53・10改正を控えた頃で、583系「ひばり」の文字マークを捉えた最後の写真だったかもしれません。


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昭和53年9月 東北本線 蕨駅にて

53・10ダイヤ改正の直前。583系が「ひばり」の運用から撤退するとの情報があり、慌てて撮りに行ったものですが、ヘッドマークのイラスト化は改正の1ヶ月前くらいから始まってしまい、この写真を撮ったときもイラスト化されてしまっていました。


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昭和53年9月 東北本線 大宮駅にて

ダイヤ改正の1週間くらい前に撮った、583系「ひばり」最後の写真。もう文字マークの写真を撮ることは不可能になっていました。


583系の「ひばり」は、ボンネット車が多勢を占めた「ひばり」の中では異色の存在であり、母親の実家の最寄り駅である「須賀川駅」に停車する唯一の583系特急でもあったため、大変思い入れのある列車でした。
時代背景的には、その当時望遠レンズも持っていませんし、まだ中学生だったので駅間撮りの遠征もそんなにできなかった頃ですので、カッコ良く撮れた写真が残っていないのが残念なところです。


最後に、過去ログからリバイバル「ひばり」のリンクを張っておきます。

平成19年12月16日運転 「リバイバルひばり」号 画像・【動画】
http://diary.jp.aol.com/marutetsu/523.html


平成14年9月22日運転 「リバイバルひばり」号 画像
http://diary.jp.aol.com/marutetsu/img/1176397148.jpg

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2008/10/25  10:41

投稿者:キハ181つばさ
宮オオ様
「ひばり」はボンネット型の印象が強く、貫通型をもってしても485系の方がスマートな感じがしました。そんな中での583系「ひばり」は極めて異質な重厚な感じがしましたね。
「ひばり」の583系からの撤退は編成の統一化(編成と座席数)のために行われたようで、臨時や代行で運用される可能性は殆どないと思われます。単純に横サボの交換をしなかったために愛称幕との連動性から残したこと、53・10改正前からの愛称幕交換時に「ひばり」を外すわけにはいかなかったことなどが主たる原因と考えられます。

2008/10/25  9:24

投稿者:宮オオ
おはようございます。
583「ひばり」撤退直前の姿の写真を拝見いたしましたが、絵入りが存在してたということはおそらく、臨時や代走か何かのために用意してたのではないかと思われます。
個人的には485というと身軽な感じが強かったのに対し、583のほうが精悍さがみなぎってた雰囲気が出てました。
なお、背景に写ってる大宮駅の南跨線橋は昭和9年に竣工した2代目の大宮駅本屋の完成に併せて出来たそうです。
先日、つばささんに指摘されてしまいましたけど、私はいまの駅本屋のないころの大宮駅に対しとても愛着があり、大宮駅構内でつばささんが各種列車を撮影された写真を見てると、当時近辺に住んでた私が知るあの頃の大宮駅やその周辺の匂いなどをつい思い出されてしまいます。

では、このへんで失礼いたします。

2008/4/8  23:17

投稿者:キハ181つばさ
「ひばり」で上京様
コメントが入りきらなかったので第2部です。
質問についてですが、
まずディーゼルの「会津・・・」ですが、私の記憶がある限りでは、東北本線の昼間の臨時急行でディーゼルは無いようです。夜行では「ざおう」「ばんだい」というのがありましたが、「会津若松」行きですね。
おそらく単行の車両でしょうから、キハ20、23、53のいづれかと思われますが、おっしゃるとおり「あがの」と併結で仙台発、または平(現いわき)発ですから、須賀川は通りません。また、普通列車への車両転用もあるかもしれませんが、須賀川を通る気動車の普通列車は、上り最終で須賀川止まりの1本だけですので、これも可能性が薄いでしょう。ということで、謎です。判りません。
旧型客車のロングシートですね。おそらく近郊型改造車でしょう。四国などで良く見られたのですが、東北にいるとは知りませんでした。おそらく、仙台近郊辺りを中心に使用されていたんではないでしょうか?残念ながら、私は実物を見たことがございません。
最後に、旧型客車で木製の日除けが付いた車両。おそらくスハ32系のことだと思います。ボックスに小窓が2つ付き、木製の枠に鉄製のヨロイ戸を組み込んだ日除けで、非常に重厚な感じでした。これに関しては私も好きな車両なので、写真が数枚あります。さすがに日除けまでは撮っていませんが、近いうちにアップできると思います。
記憶の手助けが不十分で申し訳ありません。わかったことがあれば逐次アップいたしますので、マメに覗いてみてください。

2008/4/8  23:15

投稿者:キハ181つばさ
「ひばり」で上京様
こんばんわ!いらっしゃいませ。
まとめてコメントお返しさせていただきます。
「ひばり」は基本的に485系で、各種それぞれありましたね。その中で、1往復だけ583系はつかり型が運用されていました。ですから、人気があるのもお判りいただけるかと。
キハ58の修学旅行色。これは私も好きでした。地味な気動車急行の中で一際異彩を放っていましたので。ただ、他の車両と完全に共通運用なので、何時来るか分からず、先頭に来るかどうかも分からない厄介な相手でした。
私も小学3年生くらいからバスに酔うようになってしまい、鉄道でも急行に乗ると酔うようになってしまいました。だけど、旧客は大丈夫なんですね。おそらくバネに原因があるのでしょう。空気バネのフワフワ感は、船に似ていますね。ゆっくりとした揺れは平衡感覚を麻痺させるようです。ですから、バネの硬い板バネは波長の短い揺れなので酔わなくなるのでしょう。

2008/4/8  11:12

投稿者:「ひばり」で上京
すみません。もうひとつリクエストなのですが、須賀川を通る旧型客車の中でごくまれに、つり革にロングシートを備えた通勤型タイプが混じっていることがあり、これに乗ると得をしたような気分になっていました。あと、座席の日よけが木製の蛇腹になっているタイプ。これも好きでした。時代的には昭和50年前後だったのではないかと思いますので、難しいと思いますが、もしこうした客車の写真があれば拝見させて下さい。勝手なお願いですみません。高校生になって通学に利用するようになってからは、車掌室付きの客車の車掌室に乗ってみたり、デッキから身を乗り出してハコ乗りをしたり、駅で飛び乗り、飛び降りをしてみたりと、好き放題をしていました。でも他校生が郡山ヤードのあたりでデッキから落ちて大怪我をする事故もありました。今では大問題になるような話ですが、当時は「そんな乗り方をする奴が悪い」で終わっていました。何とも牧歌的な時代でした。

2008/4/8  10:45

投稿者:「ひばり」で上京
こんにちは。またお邪魔をしてみたら、ふるさと須賀川駅の1番ホームに入ってくる「ひばり」の写真が掲載されていて嬉しくなってしまいました。後方に写っている高台の上に母校の須賀川二中があります。タンク車が少しだけ写っているのも感激です。あの頃は駅に大きな日石の貯油タンクがあり、タンク車の入れ替え作業を飽きずに眺めておりました。○○系といった列車の形式には詳しくなくてお恥ずかしいのですが、「ひばり」にも「はつかり」型の車両があったのですね。ボンネット型と、あと何と言うのか分かりませんが先頭車が「はつかり」型に似た形のタイプしか記憶に残っていませんでした。余談ですが、他のページを拝見していて「キハ58系800番代:修学旅行色」というのにも心惹かれました。子供の頃は駅で列車を眺めるのが好きでしたが「いいで」だったか「おが」だったかのディーゼル急行に黄色い車両が連結されていた覚えがあり、一度乗ってみたいと思っていました。修学旅行色だったのですね、納得です。ついでに質問ですが、多分臨時列車だと思うのですが、ディーゼル急行の隅っこに変わった形の気動車が連結されて「会津川口行き」だったか「会津坂下行き」だったかの行き先表示をしているのを須賀川駅で見た記憶があります。須賀川を通らない「あがの」にはそうした車両が付いていたと思うのですが、私の記憶に間違いがなければ、あれって何だったのでしょうか。気動車と言えば「つばさ」も大好きでした。駅南側の川に近い下り線の横で、走ってくる「つばさ」の運転士さんに敬礼をしたら、答礼してもらったのが楽しい思い出です。悦に入ったその直後に「つばさ」から降り注ぐ大量の黄色い水しぶきを浴びてしまったのも、今となっては懐かしい限りです。それと旧型客車の「八甲田」も好きで東京に行く際は好んで利用しました。「ひばり」や「まつしま」「あづま」だと乗り物酔いをしたのですが、なぜか客車の「八甲田」だと酔いませんでした。つい話が長くなってしまい申し訳ありません。いまも活発に撮影行をされているようですが、どうかお気をつけて。東北本線関連の写真、また楽しみにしております。

2008/4/6  22:24

投稿者:キハ181つばさ
金太郎様
東北特急では見慣れないので違和感がありますね。
逆に、関西に行っていたクハ581の開閉型のタイフォンは初期の東北に導入されたヤツですね。
583系は文字マークが魅力だと思います。485には無い高級感があり感じがしますね。イラストマークになったときはガックリきました。

2008/4/6  20:28

投稿者:金太郎
583系のスリット型タイホーン、これは珍しいですね。確かクハネ581の初期型では見たことがありますが。
文字マーク懐かしいです。ジャーナル誌の列車追跡シリーズかなんかに10.00発ひばり4号で取材されていたと思います。古本で入手してどっかいってしまいましたが(ToT)。 

4人ボックスシート、後ろ向きに座るのは抵抗ありますね。確かに広くていいんですが。進行方向前向きなら快適です。

2008/4/6  19:04

投稿者:キハ181つばさ
シービー様
「ひばり」にはクロ481もあったので、本当にバラエティー豊かでした。数も沢山走っていたので、写真が膨大な量になっています。
583の開放式タイフォンは多分1年から1年半くらいしか走っていなかったような気がします。雪のある地域には不向きだったんでしょうね。

2008/4/6  13:41

投稿者:シービー
583系の「ひばり」数少ないながらも撮ってありました。
当時はクハ481、481200番台もあり賑やかな特急でしたね。
開放式のタイフォン、これが東北線を走っていたのは知りませんでした。

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