飯田線&大糸線遠征記  信州

さて、飯田線と大糸線に乗車した遠征記を公開します。プランは。
6:27大阪〜7:51野洲
8:01野洲〜8:27米原
8:33米原〜9:06大垣
9:10大垣〜10:37豊橋(6分遅れ)
10:43豊橋〜17:19辰野
17:53辰野〜18:31松本
19:13松本〜20:09信濃大町(2分遅れ)
20:10信濃大町〜21:04南小谷
21:10南小谷〜22:03糸魚川
22:25糸魚川〜23:02直江津(10分遅れ)
0:31直江津〜6:05上野(急行能登)
                                でした。
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さて、まずは乗ってみたかった207系の野洲行きに乗って野洲へ。その後は223系と313系を乗り継いで豊橋まで行きました。金山でキヤ95とすれ違ったこと以外は特記することはありませんでした。
新快速が遅れていたのですが、なんとか119系の天竜峡行に乗車することができました。車窓は江島まではちょっとずつ山になっていき本長篠駅で山の景色といった感じになりました。
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途中の東新町駅ではキヤ97に出会いました。
本当にここは愛知県なのか??と思うほどの山げしき、東栄を過ぎると静岡県浜松市に。浜松市も広いですね。しかし山といえどほとんど同じような景色。長野県に近い大嵐駅から天竜川に沿って走った。この駅で佐久間レールパークの見学に行くであろう幼稚園児達が乗ってきて車内が一時騒がしくなったが、降りたらまた静かになった。そして電車は長野県に入り、数々の山を越えるためトンネルに入った。
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トンネルとトンネルの間の伊奈小沢駅で列車交換。新旧の並びです。
天竜川にそって列車はさらに走行し、天竜峡に到着。ここで乗り換え予定の列車が故障のため、私の乗った列車が上諏訪まで行くことになった。とりあえず飲み物を買い119形太刀を撮影していると天竜峡駅を発車した。天竜峡を発車すると、車窓は辺り一帯住宅地、信号もたくさんあり、3分に1駅の割合で駅に到着していく。ようするに天竜峡〜辰野間の車窓は住宅そして辰野駅に到着。とりあえず115系に乗り換え松本へ。辰野からのお客は2名ほどだったのですが、塩尻からかなり乗ってきました。車窓は住宅街でした。松本から仕事から帰るお父様たちはだいたいこの区間内に住んでいるものと思われる。
松本のマクドで夕食後、E127系に乗車。どうやら特急あずさが遅れているとのことで、接続を待って3分遅れで発車した。車内は満員で、信濃大町まで満員状態は続いた。車窓は住宅街なので、この沿線に住んでいる方も多かったのではないだろうか。信濃大町からもE127系に乗車したのですが、ここから景色は山に入るため一気に乗客は数名に。山らしきものが見えたが、暗かったのであまりよく見えなかった。そんなことで南小谷に到着。ここから西日本の大糸線に乗車。乗車したのはキハ52−156である。夜遅いということで鉄道ファンへのサービスとして、運転席の見学をさせてくれた。運転手さんには本当に感謝している。車窓は暗かったものの、神城あたりの車窓に似ているようだった。やがて姫川に沿って走り、キハ52は独特のディーゼル音をとどろかせながら糸魚川に到着。
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乗車したキハ52−156
糸魚川からはしょくぱんこと419系に乗って直江津へ。車窓は特記することなく直江津に到着した。直江津でEF81-48牽引の日本海の撮影をしたり、209系の疎開回送を撮影していると、489系の敦賀からのTDR臨を撮影した後、とりあえず待合室で一休み。
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489系のTDR臨
そして0時24分に急行能登が入線。編成はH01でした。とりあえず乗車し、検察を受けた後おかしを食べてると長岡に運転停車、ここで45分の運転停車だったが、長岡に到着した途端に睡魔が来て就寝した。起きると高崎駅を発車したところで、それから40分後に北上尾駅を通過、ここでおはよう放送が流れ、10分後に大宮駅に到着。その後は209系やE231系をすれ違い列車として見届けると、列車はEF65-1118号機や209系が疎開してある尾久車両センターを通過すると、能登は上野駅に到着した。
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