阿蘇鉄道&日豊本線&日南線乗車遠征記  九州

さて、プランは。
5:11南熊本〜6:01立野
6:06立野〜6:37高森
7:40高森〜8:08立野
8:16立野〜8:55宮地
9:20宮地〜10:20豊後竹田
10:52豊後竹田〜12:10大分
12:25大分〜14:06佐伯(13分遅れ)
14:08佐伯〜15:14南延岡(特急にちりん)
15:34南延岡〜17:18宮崎空港
17:53宮崎空港〜17:57南宮崎(特急ひゅうが)
17:59南宮崎〜20:31志布志
20:37志布志〜23:02南宮崎
23:05南宮崎〜23:09宮崎
23:45宮崎〜0:38都城
でした
詳しくは続きを読むをご覧ください。
前の記事はこちら!!
http://red.ap.teacup.com/noritetu/75.html
続きを読むなら、こちら!!
http://red.ap.teacup.com/noritetu/78.html

まずは南熊本駅まで歩き、キハ40で立野へ。車窓は特筆することはない。なんせ管理人はほとんで寝ていたのだから。
しかし、立野駅につくと、目を覚めるような寒さが。多分氷点下5度入ってると思う。
そして、阿蘇鉄道へ高森へ。暗かったので車窓説明は後ほど。
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そういえば立野駅ではトロッコ列車の販売機もありましたね。もう今年はないですが・・・。
高森駅では、1時間あったので町並みをしばし散策。
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500m歩くと、雄大な阿蘇山が望めます。
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高森駅構内では、物産展みたいな感じでしたね。管理人は、土産と記念切符を購入し、スタンプも押しました。今度はトロッコ列車できてみたいですね!!
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駅前にはSLが展示してありました。
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高森駅では公園がありましたね。
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高森駅に停車中のMT2000形
そして、いい時間になったので、乗車。
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ちなみに、南阿蘇鉄道には日本一長い駅名、南阿蘇水の生まれる里、白水高原があります。ちなみに、電車では、白水高原と略されていました。ほかにも、南阿蘇白川水源駅を、白川水源と略すなど、長い駅名を持つ鉄道独特の車内放送が聞けてなかなか楽しかったです。
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ちなみに、車窓はほとんど南阿蘇のカルデラに沿った車窓でなかなか見所がありました。
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南阿蘇、カルデラ号。南阿蘇鉄道と並行して走っております。
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立野駅全体。阿蘇山をバッグにこれから乗車するキハ200が停車しています。
そして、キハ200に乗車。乗りごこちはキハ40は揺れが激しかったのに対し、キハ200は全然揺れませんでした。さすがJR時代に作られた気動車ですね。
立野駅を発車後、列車はスイッチバックに入る。立野駅は306メートルだが、次の赤水駅では467メートル。実に160メートル登ったことになる。
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赤水駅到着前の車窓。
その後列車は阿蘇山をバッグにした田園風景を走行し、宮地駅に到着した。
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阿蘇駅では、熊が魚を加える木像がありました。
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また、阿蘇駅ではキハ40と行き違い。
そして、宮地駅から先は、7月に九州北部を襲った豪雨によりまだ不通なため、代行バスで豊後竹田へ移動
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ちなみに、乗車したバスは観光バス並みの快適さを誇ります。
豊後竹田駅では、これといった観光名所もないため、ホームへ。
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豊後竹田からは、再びキハ200に乗車
車窓は、豊後竹田駅を発車すると、しばらくは山あいの車窓。中判田駅でキハ220と行き違いった。また、中判田駅からは本数が多くなるせいか結構乗ってきて、車窓も中判田駅あたりから住宅が見え始め、大分大学前を過ぎると住宅やコンビニエンス・飲食店などの建物が多く見えてきた。しかし、大分駅のひとつ前の滝尾駅で行き違いの九州横断特急が2分ほど遅れ、最終的に3分遅れぐらいで到着した。
大分駅では時間がないため、急いで土産と昼食のおにぎりツナ味を買い、817系に飛び乗りました。
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大分駅を発車すると大分電車区が。次の牧駅では、485系の姿が。ちょっと画質が悪い件については突っ込まないでくださいね。ちなみに、大分電車区では、485系の他にキハ200・220・125、885系などが停車していました。その後は住宅街を走行。車内は大分発車後はこんでいたが、坂ノ市・高城と進んでいくにつれて少なくなっていった。ちなみに、坂ノ市駅では、行き違い列車遅れのため8分ほど停車。
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幸崎駅では、行き違い列車遅れのため、10分ほど停車。ちなみに乗った列車の車内では・・・・。
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ご覧のように、2012年12月1日から使用開始されたSUGOKAがかなり宣伝されていました。
そして、幸崎駅を過ぎ、列車は一気に山の車窓へ。ちなみに、この時点で列車の遅れは12分に膨れ上がった。そして津久見駅あたりで海がひろがった。
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そして海が見える浅海井駅では783系と行き違い。
そして、狩家駅到着前に海から離れ、佐伯駅に到着した。最終的に遅れは13分だったもよう。
そして、佐伯駅到着後は、すぎに787系の特急にちりんがきたため、乗車。なぜ普通列車に乗らないのかというと、特急に乗る佐伯〜延岡間は普通列車が1日2本しかないため、効率の良い移動を図るため特急に乗ったのである。
さて、佐伯駅を発車すると、とりあえず座席探訪を収録。席に着いたぐらいに特急券の拝見が来て、すぐに直川駅に到着。ここでは、上り特急日輪にちりん号と行き違い。
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車窓はこんな感じ。この写真からでもわかるように、人通り・車通りはほぼ0でした。こんなところでひとり残されたら管理人はどうなるんでしょうね。
そして、北川駅でも運転停車をした後、田園風景を走行。やがて街並みが見えると延岡駅に到着。だが、管理人は到着放送を撮り逃したため、つぎの南延岡まで特急列車に乗りました。
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延岡では3分停車時間があったので、ED76−1021号機を撮影。
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南延岡駅では同じく1022号機が停車中。
そして、南延岡駅からは817系に乗車。車窓は住宅が見える。特急停車駅である日向市駅を過ぎると、一気に田園風景に。
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そして美々津駅を過ぎると、1996年まで使用されていたリニアの実験線と併走。
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また、このあたりで日向灘も見え始めました。
車内の客層はほとんどが学生。しかし、かなりうるさくて、あまり快適な列車旅、とは行かなかった模様です。
しすて、芝池ぐらいで一気に建物が増え、やがて南宮崎駅に到着。
南宮崎駅では少し停車時間があったため、撮影。
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713系・キハ125系海幸山幸。
そして列車は宮崎市街を走り、宮崎空港駅に到着した。しかし県庁所在地のある駅から空港まで電車で8分という近さは、他県にない宮崎の魅力なのでしょうか?
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宮崎空港〜博多駅間を6時間2分で結ぶ特急にちりんシーガイア号。管理人は未だに783系というイメージしかありません。
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宮崎空港駅では、35分ほど時間があったので飛行機撮影・航空公園・土産購入に費やしました。
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そして南宮崎駅に戻り、このロゴが特徴である日南線に乗車。
そして、列車は再び田吉駅に到着した。ここでふとおもったのですが、宮崎空港線の817系でも言うてたのですが、宮崎空港方面には参りません。日南方面には参りません。という車内放送がありました。日南線は気動車、宮崎空港線は電車しか走らないのに、果たして間違える人はいるのでしょうか??
そして、田吉駅を発車後、列車は宮崎空港線と分かれ日南線内へ。車内は通勤客でいっぱいでした。木花で半分ぐらいはおりましたけどね。運動公園を過ぎると、列車は市街地から離れ、山の車窓へ。それから列車は40分ほど進み、飫肥駅に到着。この駅では、宮崎から乗ってきた学生と入れ替わるように、日南高校の学生が大量に乗り、車内はかなりざわつきはじめた。飫肥駅を発車後しばらくすると、コンビニエンスストアや住宅等が見え、日南駅に到着。油津駅を過ぎると、列車は日向灘の大パノラマを望む。大堂津駅では、これから漁業に向かうと思われる船が2隻止まっていた。さて、飫肥駅から乗ってきた学生たちは、油津・南郷駅でほとんど降りた。南郷駅を過ぎると再度山に入る。右手には国道220号の姿も見えた。
そして、福島今田駅で乗客は管理人と連れの2人だけになり、車窓もつまらなくなったのでトークに華を添える。やがて、海が見えたかと思うと志布志駅に到着した。
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志布志駅で折り返しを待つキハ40
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志布志駅全貌
そして志布志駅では折り返し時間が6分しかないため、ノートにいろいろと記入し少し写真を撮影するともう発車時間。志布志からは折り返して南宮崎へ戻り、817系で宮崎駅へ。
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宮崎駅で一晩を過ごすであろう783系と817系。
そして、宮崎で45分あったのだが、周辺に何もなかったため、車内で時間つぶし。そして宮崎駅を817系は発車しました。車内はやはり23時代ということで乗客は少なく、ほとんど全員が都城へ向かうお客様ばかりでした。清武駅で宮崎市街から離れ、そこからは峠越え。山之口あたりでようやく建物が見え、そして都城市街に入ったかと思うと都城駅に到着した。
都城駅に到着後、5分ほど歩いたところにあるラーメン屋に入り夕食。夕食後ネットカフェまで25分歩き、到着し、3時に就寝してしばしの休息となりました。
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