2007/9/29

じじいな今を生き、じじいな今を知る  

 


◇新しい歳を得て、歳を重ねることに本来の生きる喜びがあり、感謝があり、希望があり、常に今を生き、そして良い人生がある、たとえ、どこかでそれが閉じようと、今を生きること、その本質になんら支障があるわけでわない、と、書いた。

なんだか気持ちに拡がりができまいか?
自然に歳を重ね、自然にじじいになることへの気持ちの拡がりが、できまいか?


******


世の中とりあえず売れ線はアンチエイジングなる抗老化だ。
なんでも五歳・十歳は体/精神/脳ちから、など、若返りの術がそこそこあるらしい。

んで?
そんで?

いつまで、いくつまで、若くなきゃあいかんの?って思う。
若さを保つことにどおいう最終目標がどおいうかたちであるのだろお?

ま、目も老眼で、体力だって持久力だって瞬発力だってすっかり磨り減ってきた。
だって、仕方ないじゃん。そおいうもんだもん、生きてんだから。
若いときゃあちゃあんと若い時で、若いという意識で若い時を生きてきたわけだ。
2日や3日の徹夜なんかへっちゃらだったし、だいたいそおいうときなんか、自分の「体」があるっていう考え方をする認識がまったくなかったわけで、おそらく、皆、だいたいそんな感じで、若いってのわ、そおいうことでわあるまいか?
人によっても違うんだろうけど、ある年齢にくれば自ずと自分の「体」を知る。
肩がこる。腰が痛い。目がかすむ。うんぬんかんぬんと。
自分にわ「体」があって、それも自分だったんだ、と知る。
単純にそおいう事があって、ああ、もうおいら、若くないんだ、って知る。

この、身をもって知るってとこがまさに「老い」なんだろう。

ちょっと前、新聞のコラムに自分の老いを感じる事あれこれ、みたいなのがあって、よくある「よっこいしょ、といってしまう」とか「テレビを見るならNHK」「豆腐の違いがわかる」てなとこから「となりの犬を可愛がる」「桜もいいけど梅も良い」てきなマニアックなところまで、だなあ〜って思っちゃたんだけど、この味わいって若い時にわ当然、無い。あたりまえだ、だから「老い」なんだ、でわ、ないぞ。
でも、まあ、ゆうてしまえばそうなんだけど、ただし、この「老い」ってえのを「若い」と比較して、その評価なりが、なんだか世の中、変でわなかろうか?


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 ◇「おじさん、わあっかあああ〜〜〜いい」みたくいわれておおいばり、的な図がまかり通る昨今のこと、なるほど、くだらないアンチエイジング商売についつい浮き足立つのが時勢なんだろう。

じじいはわかものよりすげえ立派なんじゃ、敬え、おお〜? でわない。
若い、老い、って、生きるという「自身」の今、生きている今という中で、ああでもないこおでもない、あれやこれやと比較する必要など、まったくもって無いんじゃなかろうか、ということだ。

若いときゃあちゃあんと若い時で、若いという意識で若い時を生きてきて、老いたなら老いたで老いた意識で老いた今を生きる。
若い時には見れなかった、感じ得なかった、思いもしなかった感性が、あれ、いつの間にか養われている事実をおいらは全然、楽しいと思うが、そこんとこ、どうだろう?
だって、ある日、突然、ああ、桜もいいけど梅の花もええなあ〜って思えちゃうんだぞ。

若い時の感性だってちゃんと持ってして、なお、プラスの感性がじゃんじゃん、未知の感性がじゃんじゃん、養われていっちゃうんだぞ?そこんとこ、どうよ?

ま、あそこが痛いの、ここが痛いのと、老いを、身をもって知ることからして、新しい未知の感性が養われているわけで。

思えばああ、あの時、じいさんの言っていたあれって、こおいう事だったのかあ〜って、だんだん解るの、わくわくしわしまいか?
なんであのじいさんは日がな一日、あそこでぼ〜と座ってられるんだろお?って境地を自分の感性として味わえるようになれるなんて、なんて凄いんだって思いわしまいか!

どうよ?自然に歳を重ね、自然にじじいになることへの気持ちの拡がりわ、おお、まさに無限であらん。


*****



はてさてアンチエイジング?
ああ、何が悲しゅうて五歳・十歳と若がえらにゃあならんのだて。

いつまで若くなくちゃあいけないんだて。
いつまでこの先にありもしない若さを欲っしていくのかて。


今を、生きることは歳を積み重ねること以外、ありわしまい。
幸せな「今」をあれやこれ、見つけようとすることわ無い。
今の中に、幸せがある。
今を生きることわ、何よりも幸せであるからだ。

おいらわ、今、この時、この時のじじい(旬のじじい?)になって、新しいそおいう感性も持った。ちょっと前の若い頃にわ感性の辺境最深部においてでさえ出遭ふ事のなかったそれであることは、言うまでもなかろお。ふぉふぉふぉ


ああはやく、もっと歳を重ねたいっ!

あ、そおいえば、もうすぐたんじょうびだった。(そこかいっ!)









2007/10/3  2:46

投稿者:むすっこ

そこかいっ!!

2007/9/30  20:18

投稿者:sara

◇あるるんさま

>>>じじぃでも、ばばぁでも元気で楽しけりゃいいのです♪>>>

なるほど。ところがなかなか現実わそうでないからさ。
そも、お病気で楽しくないことも多いからねえ〜
そんなときにこそ、感性の拡がりがものをいう、ちゅうわけです。

生老病死。

樋口強っていう末期がんから生還して年に一回、がん患者の人に聴かせる落語会をやっているおっちゃんがいるんだけど、彼の闘病の記録はすさましいです。
そこには元気も楽しさの微塵もない。でも、有り余る生きる価値と、その生き方を良しとする想いが存分にありまする。
くどいけど、生きているというまさに、生きる、そのことがこそ、生きる本質だというそれが、ありまする。

命の循環を身を持って知る。
まさに老いて知る生きる境地がそこにあります。

げんきでたのしけりゃあよし、じゃ、だめ。(ぷ)

ま、おいらはここにきて面倒なことは今まで以上にやりませんけど(ぷぷぷ)

2007/9/30  20:04

投稿者:sara

◇ねこだぐれさま

むふふふ
本当の誕生日はね、10月の3の日なんだよ。
うぷぷぷぷぷ
うぷぷぷぷうぷぷ

うぷぷぷぷぷぷぷぷぷうぷ(なんじゃこりゃ?)

2007/9/30  19:38

投稿者:ねこグレイ

ふふ。。。お誕生日、おめでとうございます。

2007/9/30  19:37

投稿者:sara

◇りっくりいさま

そうともさ。
この1年で120歳はいったね。
なんせ、見るもの感じるもの、皆、未だかってないものばかりだったのさ。
梅見物なんてこの春、うまれて始めてしたさ。
梅を見るということわこおいうことかと、嬉しかった。
まあそこまでわ異次元の生き方であったのでね。
じじい万歳だて。

2007/9/30  16:01

投稿者:アルル

じじぃでも、ばばぁでも元気で楽しけりゃいいのです♪

歩いて行く道が有るから、大ラッキ〜
桜も梅も,若い時から好きだし
感性が広がったかは謎だけれど、
面倒くさい事は、相変わらず面倒だ…と感じるし(爆)

バースデー・パーテーへのご招待は有り?かしらん

2007/9/30  9:31

投稿者:rick

ひぇーーー、一体、あなたのどこが、じじぃなんですかい?それとも、この一年の間に100歳ぐらい、年とった?
”ああ、桜もいいけど梅の花もええなあ〜”の感性の広がりを実感できるはええね〜〜〜。でもさ、これって、じじぃの証でも何でもないでしょ〜〜が。
と、突っ込みたくなるし・・・・ (゚o゚)
ふふ、お誕生日が近いとな!
そりゃ、ホンにめでたい!!
誕生ぱーちー、やらないの?


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