2008/5/25

あらためて、帯津せんせい、と、いうおひと  がんになっちゃった




◇長野、信州は飯綱のHolistic Space水輪。
10〜12日、久々、帯津先生の養生塾に参加である。


以前の水輪養生塾の様子@

以前の水輪養生塾の様子A


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おいらわ今回の参加で都合6回目だ。
こおいう催しに回を重ねて参加する場合、世の常として2種類の分類で大別する。

謙虚な人とまったくそうでない者。

おいらたち(おいらとよめとろくさんとまさこねえさん)4人わといえば、えへへ、いわゆるまったくそうでない者代表団ご一行様、である。

どれくらいそうでない者かといえば、帯津先生のホメオパシー講座・ビデオ上映プログラム(帯津先生が大きな会場でホメオパシーの講座をされた時のビデオを皆で集まって夕食後、広間で観る、っちゅう1時間半のプログラム。あえて言い訳すれば毎回同じビデオなの。)に4人、平然と遅刻して入場。
するや否や、暗闇の中、おいら、居場所を手探りで探している最中、ろくさんったら、いっつのまにか暗くて見えないけど、前の方で巣をくくり、秒殺で、いびき。
いや、部屋で寝てろよお〜

ろくさんは、早寝だ。
というより、しょっちゅう寝てる。
ひとが集まっていようがいまいが、どんなシビアな内容であろうが、あるまいが、とりあえず、ろくさんわ、寝る。
メインのプログラム、帯津せんせいと車座交流会にして、ぐ〜す〜ねてしまったろくさんに、隣にいた参加者さんわびっくりして鳥みたいな顔になっていたっけ。

あ、ろくさんわロスアンジェルス在住なのできっと時差だ。
時差で眠いのだ。
その証拠にろくさんのよめのまさこねえさんも、すぐ寝る。

でも、ごはんの時わ違うな。
なに?
時差って?
喰いもんのこと?

な、お二人だ。



再び、ビデオ上映会場。

よめとまさこねえさんの、ひそひそのつもりだけどひそひそじゃないおしゃべり。
おまけにげたげたと、笑う。

笑う話じゃねえべ?
帯津先生、わらかしてねえべ?


で、おいらわ徘徊。
こっそり地下室とか徘徊。
茶話室のりんごとかぱくついて徘徊。
あちこち徘徊。
売りもんの本は片っ端からぺらぺらしてみる。
んで、すぐあきて、また徘徊。


てな具合で、回を重ねての非道ぶり、ちーむ約4名、都合20分でこそこそビデオルームから退散だ。

なら、最初から来るなよな、って話である。


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さて、帯津先生の説く養生ってえのわ、今更ながら、実に、とっても、わかり易い。
食養生に関しても、自分で基本スタイルを決め、そこに時々ちょっと息抜きで羽目を外したりしてときめきを混ぜる。ってな具合。
お食事はまた、楽しく食べてこそ、食養生なのだ、のスタイル。
玄米菜食とわいえお肉がどうしても食べたければ1ヶ月に2〜3回、食べちゃいなさい、そんで、どうせ食べるならビクビクせず、ぐおおおお〜〜って、想いを爆発させるくらいな勢いで食べちゃいなさい。その想いのエネルギーはまた、養生であります、と。

お酒も大丈夫。無理して飲むことわないけれど、お好きなら飲みましょう。
大人の自覚で飲む量を考え楽しく飲みましょう、と。
抗癌剤だって重要な武器のひとつと考え、ただやみくもに拒否せずとも、と。


こりゃあ、か○○けさんのところで絶対講演わできまい。
はたまた、な○○ま会長にして「帯津わ甘い」と言わせる所以だ。

果たしてそれわ、なるほど、世に名を知らしめるいくつかのがん患者会の理念と、相対的にして、まったく、いいかげんである。
いいかげん流帯津式養生法だ。

が、それわまた、見事に理に適ったいいかげん流であるからして、おいらわ帯津先生が大好きなのだ。

今、がん治療にわ、絶対がない。
だからいいかげんで良いのだ。
なあんて短絡的ないいかげんだと思ってもらってわいかにも総務省の調査結果的な視野に過ぎない。

帯津式養生の行き着くところわまさしく、生と死の統合である。
であるからして、生と死の隔壁にある曖昧さを見過ごしてなんの養生、なんの治療。
早い話、死を負けとしない養生が帯津式、である、と、おいら思うのだ。

果たして、生、だけに執着してどんどんエスカレートした養生に至る観念には、どうも排他的な要素がある。これだけを守れ、あれをするな、信ずるものわ救われる。そこに死はなく、死は負けで、これまた排他的要素として、切り捨てられる。教義はどんどんシェイプアップされてスタイリッシュな装いさえ、伺える。
一見スマートなそれに相対して、帯津式がいかに不細工で、いいかげんであるかがこのからくりだと思いません?

帯津式はいかにも当たり前に死を認め、生を生きろ、とする。
そこに疑問わない。

それは100なら100の筋書きがあり、全ての人が全ての異なった生と死を持つ。
そこに切り捨てるものなど、何も、ひとつとして、ないのだ。
だからそれは決してスマートでわなく、不細工でいいかげんである。
だけど、どんなスマートな教義より何より、まさしく、理に適った、「いいかげん流」なのである。


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帯津せんせいというおひとは本当に素晴らしい。
こんなおいらたち不良養生グループにだって他の誰とも変わらぬ思いやりをくださるの。
じつわ、くださらないかもしれないけれど、でも、くださる気がしてるから、いいの。

フラシーボ効果ってえのわね、やっぱ、元のクスリが良ければ良いほど効果があるざます。
帯津せんせいご本人が、本当にすっげえ良い薬なのだから、じつわくださらないかもしれないけれど、でも、くださる気がしてるから、それで、すげえ、よいざます。
ああ、そうだわ。今度から帯津せんせいのこと、フラシーボ帯津って呼ぼうかしら?なんだかヒトデから抽出した新しい抗癌剤のネーミングみたい。パンドラね。パンドラよ。ああ、パンドラ帯津。もう、なにがなんだかわからなくなってしまったわ。



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(いつも元気。水輪でのお食事わまかせてっ!の、やのさん。↑)







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