10日、都庁39階の人事委員会で行われた審理を取材した。
2004年のある都立高校の卒業式で「日の丸・君が代」のために起立しなかったことを「職務命令違反」として処分された教師が、不服申し立てをしている。
この日は、当該の教師に「命令」を出した当時の校長が証人として証言。「日の丸・君が代」の強制が、都教委が校長にメールで細かく指示するなど、校長に命令を出さないという自由裁量などまったくないことが明らかとなった。
「日の丸・君が代」をめぐっては、起立しなかったことで処分された多数の教師がその不当性を訴えて、裁判をしているが、都教委側は「職務命令は校長の裁量によって出された」と一貫して主張している。今回の元校長の証言で、その「ウソ」が白日の下にさらされたといっても過言ではない。
元校長は「(都教委が言うように)本当に裁量ならこのような職命令は出さなかった」「私は強制は教育の条理に反すると言ってきたにもかかわらず、教師生活38年の最後の最後に「通達」によって断腸の思いで命令を出さざるを得なかった」との胸の内を語った。元校長は「(都教委が言うように)本当に裁量ならこのような職命令は出さなかった」「私は強制は教育の条理に反すると言ってきたにもかかわらず、教師生活三十八年の最後の最後に「通達」によって断腸の思いで命令を出さざるを得なかった」との胸の内を語った。
そして「日の丸・君が代」が最大の課題だとする都教委の姿勢を「異常」だとし、「教育にとって本当に大事なことがおろそかにされていることを危惧する」とし、多くの校長が同じ気持ちを共有しているはずだと述べた。
子どもの人格を最大限に発揮させるのが教師の仕事、強制はリーダーシップではない、という「信念」を38年間貫いてきた男が、教師生活の最後の最後で、自分の信念を曲げ「職務命令」を出さざるを得なった背景にあるものは?
「命令を出さなければ自分が処分される」、物理的、精神的圧力は相当なものであったに違いない。
「『日の丸・君が代』強制は都民の声だ」というのが、推進勢力の主張だが、との弁護士の質問には、「それは都議会、それも一部の政党の一部の政治家の声だと思う。私は現場にいた者として、そのような声が多数派であったとは思わない」と明確に述べた。
教育基本法は行政の介入を拒否している。自民党はその教育基本法を変え、学校を「政治的意思」を「強制」する場にしようとしている。
人事委員会・裁判所が、憲法・教育基本法に基づき、このような「命令」の不当性を認めるべきではないか?

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