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2009/7/29

京都観光:A【世界遺産】東寺  旅行

京都観光@三十三間堂 に続いて、新幹線から見える五重塔のある東寺へ。

東寺(教王護国寺) http://www.toji.or.jp/

住所:京都府京都市南区九条町1 地図はこちら
拝観時間:春(3月20日〜)8:30〜17:30
     秋(9月20日〜)8:30〜16:30
拝観料:大人500円 高校生400円 中学生300円
市バス「東寺東門前」下車すぐ
近鉄京都線「東寺駅」下車徒歩10分
JR京都駅下車 徒歩約15分

東寺とは:byウィキペディア
東寺真言宗総本山の寺院。山号は八幡山。本尊は薬師如来。
この寺には「東寺」および「教王護国寺」という2つの名称がある。

8世紀末、平安京の正門にあたる羅城門の東西に「東寺」と「西寺」(さいじ)という2つの寺院の建立が計画された。これら2つの寺院は、それぞれ平安京の左京と右京を守る王城鎮護の寺、さらには東国と西国とを守る国家鎮護の寺という意味合いを持った官立寺院であった。

南北朝時代に成立した、東寺の記録書『東宝記』によれば、東寺は平安京遷都後まもない延暦15年(796年)、藤原伊勢人という人物が造寺長官(建設工事責任者)となって建立したという。藤原伊勢人という人物については、公式の史書や系譜にはその名が見えないことから、実在を疑問視する向きもあるが、東寺では古くからこの796年を創建の年としている。
それから20数年後の弘仁14年(823年)、真言宗の宗祖である弘法大師空海は、嵯峨天皇から東寺を賜った。この時から東寺は国家鎮護の寺院であるとともに、真言密教の根本道場となった。

東寺は平安後期には一時期衰退するが、鎌倉時代からは弘法大師信仰の高まりとともに「お大師様の寺」として、皇族から庶民まで広く信仰を集めるようになる。
中でも空海に深く帰依したのは後白河法皇の皇女である宣陽門院(1181年 - 1252年)であった。宣陽門院は霊夢のお告げに従い、東寺に莫大な荘園を寄進した。
また、「生身供」(しょうじんく、空海が今も生きているがごとく、毎朝食事を捧げる儀式)や「御影供」(みえく、毎月21日の空海の命日に供養を行う)などの儀式を創始したのも宣陽門院であった。空海(弘法大師)が今も生きているがごとく朝食を捧げる「生身供」の儀式は、21世紀の今日も毎日早朝6時から東寺の西院御影堂で行われており、善男善女が参列している。また、毎月21日の御影供の日には東寺境内に骨董市が立ち「弘法市」「弘法さん」として親しまれている。
平成6年(1994年)12月には「古都京都の文化財」の一部として世界遺産に登録された。

ちなみに西寺は早い時期に衰退し、現在は京都市南区唐橋の近隣公園・唐橋西寺公園内に史跡西寺跡の碑があり、付近に西寺の寺名のみを継いだ小寺院が残るのみである。

クリックすると元のサイズで表示します 南大門
明治28年(1895年)、三十三間堂の西門を移築したもの。

クリックすると元のサイズで表示します 骨董市やってました
後ろに見えているのが金堂

クリックすると元のサイズで表示します 重文 講堂
空海が東寺を建てるにあたって最も力を注いだのがこの講堂。
堂内の仏像21体のうち、15体は創建当時のもの。
東寺が空海に下賜された弘仁14年(823年)にはまだ建立されておらず、
天長2年(825年)空海により着工、承和2年(835年)頃完成した。
現在の建物は、室町時代の延徳3年(1491年)の再建。
講堂には大日如来を中心とした密教尊を安置する

クリックすると元のサイズで表示します 国宝 金堂
東寺の本堂で延暦15年(796年)に創建されたと伝えられる。
文明18年(1486年)に焼失し、豊臣秀頼が慶長8年(1603年)に再建した。
高さ約3mの「薬師三尊像」が本尊として祀られている。

クリックすると元のサイズで表示します 国宝 五重塔
新幹線の中から見えるやつですね。
高さ54.8メートルで木造塔としては日本一の高さを誇る。
天長3年(826年)、弘法大師が創建時に始まるが、たびたび火災に遭い、失すること4回。
現在の塔は5代目で、寛永21年(1644年)に徳川家光の再建。
空海が在命中は建設中で、空海が亡くなってから約50年後に完成した。
特別公開は毎年正月1日〜5日。

最初、東大門から入ろうとしたら開いてなかった。
東大門は1336年、新田義貞により攻められた足利尊氏がこの門を閉め難を逃れたことにより、不開門(あかずのもん)と呼ばれるようになったそうな。
そこで南大門から入ったが、ぐるっと周って北の方にある食堂(じきどう)の近くに
拝観受付がある。駐車場からの方が近かったよ。
ちょうど骨董市をやっていました。

公式ホームページではまず国宝の御影堂へと書いてあったが、立ち寄らなかった。
御影堂はかつて空海が住房としていた、境内西北部の「西院」と呼ばれる一画に建つ住宅風の仏堂である。現在の建物は明徳元年(1390年)のもので、弘法大師像を安置するために北側に前堂、その西側に中門が増築された。後堂(南側)には空海の念持仏とされる不動明王坐像(国宝、9世紀)を安置する。厳重な秘仏で非公開であるが、日本の不動明王像としては最古の作例の1つである。北側の前堂には弘法大師坐像(国宝)を安置する。
また像の前では、毎朝6時に「お大師様」に朝食を捧げる「生身供」(しょうじんく)が執り行われ、多くの参拝者が集まる。

次は金閣寺。
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タグ: 京都 東寺 世界遺産



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