2008/4/7

伊豆 韮山反射炉と桜  ♨静岡 西伊豆 三津浜と沼津の旅2008.04

西伊豆の三津浜(みとはま)にある旅館「松濤館」チェックイン前に
韮山反射炉近くの蕎麦屋「笊蕎麦 三つ割り菊」でランチ。
*三つ割り菊については→ http://diary.jp.aol.com/tabizuki05-08/175.html

せっかくですから、ついでに「韮山反射炉」にも寄っていきましょう・・くらいの
気持ちで立ち寄りましたが、鉄を溶かす炉でしょなんて馬鹿にしちゃ〜いけなかったのだ。

入り口で入場料100円を払うと、他の観光客を連れた「案内人」があらわれ、
「初めてでしたら説明を一緒にどうぞ」と言ってくれた。
このことについては次回にすることとして、まずは説明ね。

韮山反射炉 http://www.city.izunokuni.shizuoka.jp/syakai/bunkazai/hansyaro.jsp

クリックすると元のサイズで表示します
桜が見事でしょ

住所:静岡県伊豆の国市中字鳴滝入268 地図はこちら
TEL:055-949-3450
観覧時間:9:00〜16:30
休 館 日:年末年始(12月29日から1月3日)
入場料:大人100円 小中学生50円
無料駐車場あり

反射炉とは
反射炉とは、銑鉄(せんてつ)(鉄鉱石から直接製造した鉄で、不純物を多く含む)を溶かして優良な鉄を生産するための炉。
銑鉄を溶かすためには千数百度の高温が必要だが、反射炉の場合溶解室の天井部分が浅いドーム形となっており、そこに熱を反射・集中させることでその高温を実現する構造となっている。

韮山反射炉とは国指定史跡
幕末期の伊豆代官・江川太郎左衛門英龍(坦庵公)は、国防の重要性を幕府に建議し、
許可を得て大砲鋳造に必要な反射炉を築造。
韮山反射炉は安政元年(1854)に起工、11月に南側の2基がほぼ完成したが、
安政2年(1855)1月坦庵公他界のため、息子が父の遺業を継ぎ北側の2基を築造、
安政4年の春その全部が完成。
以来元治元年(1864)に至るまで、ここで大小の大砲が鋳造され、
主として江戸湾防備のための、品川台場(下参照)に使われた。
現存する遺構は、韮山のほかに山口県萩市に存在するが、
完全な形で残っているのはここ韮山反射炉だけである

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します
焚所風入口 灰穴
クリックすると元のサイズで表示します
焚口
クリックすると元のサイズで表示します
鋳口
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します
向かって左は鋳鉄製24ポンドカノン砲 復元
右はお寺の鐘を溶かして造った本物(短くてあまり飛ばなかったらしい)

東京のお台場海浜公園および台場公園は品川台場の砲台跡地である
ここで造ってお台場まで運んだのね〜。
急に身近に感じられるから不思議。
0



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ