2008/10/27

2日目:@フェリーに乗って天草(熊本県)へ 富岡城見学  ♨長崎 雲仙観光ホテルと島原・長崎の旅2008.09

この日は県をまたがって長崎県から熊本県へ。フェリーに乗って目指すは天草
小浜温泉から南下して口之津港(南島原市)へ。車で1時間くらい。
ちなみに天草側の乗り場は鬼池港(天草市)。

島鉄フェリー http://www.shimatetsu.co.jp/ship/finfo.htm

口之津港〜鬼池港間の所要時間:30分 概ね1時間に1本(両港同時出港)
大人運賃:440円 
車輌運賃:3m未満 1,580円 /3m以上4m未満 2,150円 /4m以上5m未満 2,740円
      運転者1名の旅客運賃を含む 予約不可(先着潤)

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口之津港 乗り場 フェリー航路付近はイルカが生息しています
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予約不可。先着順でこうやって待ちます 9時台の船で
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フェリー内

最初に向かったのは「富岡城跡

富岡城跡・富岡ビジターセンター http://www.tomioka-visitor.ecnet.jp/japanese/J_index.html

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住所:熊本県天草郡苓北町富岡字本丸2245-1 城跡内 地図はこちら
TEL:0969-35-0170
開館時間:午前9時〜午後5時 (ただし、入館は午後4時45分まで) 入館無料
休館日:水曜日(水曜日が休日の場合、翌木曜日が代替休館日)
     (年末年始・ゴールデンウィーク・8月13-15日は開館)
二の丸駐車場:30台 / 汐入駐車場:15台 無料

富岡城とは: byウィキペディア
慶長5年(1600年)天草郡を含む肥後北部を領していた小西行長は、関ヶ原の戦いにおいて西軍方に参陣し敗れた。このため所領は没収され、翌年の慶長6年(1601年)東軍に参陣し功績のあった唐津城主・寺沢広高は天草郡4万2千石を与えられた。広高は肥前唐津から離れたこの地を治めるために、慶長10年(1605年)富岡城を築き城代を置いた。
寛永14年(1637年)10月28日(新暦12月14日)、10日ほど前に島原で蜂起した領民に続き、天草でも領民が蜂起した。こうして、島原・天草一揆が始まった。富岡城代の三宅籐兵衛は1,500人の唐津藩兵を率いて、本渡に出向き一揆軍との戦闘が繰り広げられた。しかし数に勝る一揆軍により11月14日(新暦12月30日)に三宅籐兵衛は討ち死にした。11月19日(新暦1638年1月4日)、一揆軍は富岡に迫り城下町と城を攻撃した。戦死した城代に代わり原田伊予が指揮を執り、猛攻によく耐え11月25日(新暦1638年1月10日)には一揆軍を撤退させた。一揆軍は海を渡り原城に立て籠もる島原の一揆軍と合流し、天草での戦闘は終了した。寛永15年(1638年)2月28日(新暦4月12日)、原城に立て籠もった一揆は鎮圧された。しかし、一揆の勃発を許した堅高(唐津藩2代藩主)は天草郡を没収された
平成6年(1994年)より城の発掘・復元が計画され、国会図書館にある『肥前甘艸富岡城図』をもとに丘陵上の本丸に復元。
平成17年(2005年)3月復元作業が終了し石垣や櫓が復元され富岡ビジターセンター」となって、天草の歴史・文化などが紹介されている。

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天草島原の乱の痕跡を残す石垣 人骨も出ています
詳細は→ 苓北町役場 http://www.reihoku-t.kumamoto-sgn.jp/info/1info_06_8.html
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石垣詳細案内
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お城からの眺め
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向かって左:「天草の恩人」 初代代官の鈴木重成 と その兄 鈴木正三 
    右:「日本の恩人」 勝海舟 と 日本外史著者の頼山陽

さてこのビジターセンターで周辺チラシを読んでいたら 天草中央エリア(本渡・五和・新和)の港ではウニとあわびが名産でうに丼が食べられると書いてあった
観光の順序としては富岡城周辺でランチして、南下して
「大江天主堂」「崎津天主堂」などを観るべきであったが、ここでうに丼が登場

やっぱ「うに丼!」と反対方向に1時間半かけて目指したのだが・・・

見つからない! 

そのパンフレットには食べられると書いてあるだけで、店の紹介は一切なかった。
まあ勝手に港に行けば「うに」だの「あわび」だのの旗がパタパタしてるに違いない
と思っていたのだが、そんなものちっともありゃしない。それらしき店もない。

仕方なく、その辺の食べ物屋さんに入ったが、海の幸はどこへ行った??状態でした。
後で雲仙で人に聞いたところ、わかりにくいよねってこと言ってましたよ。あ〜もったいない。

また島原へ戻るため、15時半にはまた港に帰ってこなくてはならないので、
もう「大江天主堂」「崎津天主堂」は無理であった。
とりあえず「天草五橋」を往復して、この日の天草観光終了。
今回のプランは時間的に大失敗だった。

次は天草五橋。
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