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2020/3/9

コラム「私とピアノ」  日記

保育園の先生が弾いてくれるピアノに憧れた私が母に「ピアノを習いたい!」と懇願したのが5歳の頃。
1年もしつこく言われた母は「そこまで言うなら・・・」と私にピアノを与えてくれました。6歳でした。

新しい曲に進めるのが嬉しくて毎日ピアノを弾いていたと思います。小学校3年生の時、当時レッスンを受けていた先生に勧められグランドピアノへステップアップ!鍵盤のタッチが重くて腕がよく痛くなっていました。

それからはピアノ中心の生活。週に2回のレッスンに加え週に1回のソルフェージュへバスと電車で通っていました。学校行事とレッスンが重なるとレッスンが優先だったため、当時は寂しく感じることも。中学生になり多忙になった私は一度ピアノから離れることになりました。ピアノが嫌になった訳ではありませんでしたがその時はレッスンを辞めてしまったのです。(理由は1つではありません。)
それまでできなかったクラブ活動や学生生活を満喫するも、心のどこかに物足りなさを感じていました。

高校生の時、進学を考える段階になるとやはり音楽の道へ進みたいと思うようになった私は2年半のブランクを経てピアノを再開。しかしこのブランクは大変大きなものでした。ただ、この辞めていた時期の物足りなさや寂しさを経験していたからこそ、後に「辞めたい」と思った事は一度もありませんでした。

大阪音楽大学の短期大学部へ進学し、素敵な先生や友人に出会い、学校外の友人も出来、非常に充実した学生生活を送りました。2年が終わる頃、また選択すべき時がやってきます。先生からも当然「学部へ編入するだろう」と思われていたし、私も全くその気が無かった訳ではありませんでした。当時学校と並行してジャズを習っていた音楽教室からも「うちへ就職しないか?」と声をかけて頂いたことも嬉しくて正直悩みました。
しかし高校生の時から憧れていた北欧への留学も私にとっては大切な夢。
私は大阪を離れデンマークへ行く事に決めました。

過去のブランクで自信を失っていた私、音楽大学でたくさんの素晴らしい演奏家を知った私は「ピアニストになりたい!」と子供の頃のようには思えなくなっていました。そんな私に勇気をくれたのがデンマーク留学でした。

私が行ったのは全寮制の学校でデンマーク人の生活を間近で見る事が出来るし、共に生活する事で彼らの考え方、教育を知る事が出来、何より日本から来た女の子を温かく迎え入れてくれました。何かにつけ私はピアノを弾く機会を与えてもらい、生徒の集まる朝会でも先生に呼ばれると前へ飛んでいき歌の伴奏をしたものでした。ある時は教会でのコンサートを提案され、デンマークでピアニストデビューさせてもらったのです。
こうして少しずつ自信を取り戻し、また先生や友人たちが「楽しそう」に演奏している姿をみて初心に戻る事ができたのです。

「できるか、できないか」ではなく「やりたいか、やりたくないか」を自分に問うてみた時、私はピアノを弾きたい。他の複雑な事は考えずそう思えたのは純粋に音楽を楽しんでいるデンマークの人々に出会えたからだと思います。これはとても大きな収穫でした。

こうして帰国した私は、少しずつ音楽の道を模索し始めるのでした。

長くなってしまったのでいつかまた・・・笑                
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