TAMO2ちんの日常

思想の嵐 猛(たけ)るとも 正しき道を いざ進め 

 

カレンダー

2020年
← February →
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29

過去ログ

カウンター

  • 本日のアクセス
  • 昨日のアクセス
  • 総アクセス数

ブログサービス

Powered by

teacup.ブログ
RSS
この記事へのコメント一覧
※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。
投稿者
メール

 
コメント
URL
コメントは新しいものから表示されます。
コメント本文中とURL欄にURLを記入すると、自動的にリンクされます。
投稿者:TAMO2
凶酸シンパ様、こんばんは。まずはベンヤミンですな。大事な視点だと思います。法措定暴力は、規範を作る上での、ということは、無規範な中での暴力ですよね。ある意味、何でもありが可能です。しかし、そういう中でも、冬宮襲撃直後のレーニン・トロツキーは法律を作り、執行することに夢中でした。それでもなお、「死刑廃止」なる現実離れした政策――レーニンは当然にも反対――が齎した、白色テロルに対し、何十倍も無慈悲な赤色テロルを対置することになりました。

そして、
>先ずは暴力とは何か?について、そのあらゆる形態と顕れの状況についての考察と、それを知覚する為の「臆病者の感性」が常に必要とされるのではないかと思われます。

という道に多くの左翼(党派)が思い至って欲しいと思いますね。左翼って、英雄譚が好きですから。
投稿者:凶酸シンパ
>個人的には、マルクス物象化以前の議論=>疎外論を徹底的に踏まえることがマルクス>主義者にとって非常に大事だと思っていま>す。観念論者としてのマルクス万歳!!

禿同です(最後の観念論者としての、、、を除いて)

僕は、暴力論に関しては、「法措定暴力」=レーニンの暴力→「法維持的暴力」=スターリン的な暴力を生み出した物という形で革命の段階によって使われる暴力の種類を捉える事にしていますが、恐らくあなたの言うように、スターリン的な暴力は組織の宿痾として人が作るあらゆる国家体制や共同体に伴う物なのでしょう。

秘密警察による監視も隣人による告発も全て同じ類の他者の眼差しに根差す恐怖をその動機としています。

共産主義が空想的な楽園思想では無く、真の意味での(科学的な)人間性の解放を目指すなら、先ずは暴力とは何か?について、そのあらゆる形態と顕れの状況についての考察と、それを知覚する為の「臆病者の感性」が常に必要とされるのではないかと思われます。

暴力と権力の毒を中和する姿勢は、毎週のゴミ出しで近所のオバちゃんズとの不毛な諍い避ける為にこそ、必要な道具です(これも疎外ですね(苦笑))

我々が苦しむ病気には万能薬もマスターキーも存在しない Byハンス・ヨナス
teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ