TAMO2ちんの日常

思想の嵐 猛(たけ)るとも 正しき道を いざ進め 

 

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投稿者:TAMO2
もう、全てお見通しだと思います、不破さん。

哀れなのは代々木盲従分子(の未来。)
投稿者:623
不破氏はじめ共産党員に是非再読のうえ実践にいかして欲しいと思います。民衆がこれを理解すればきっと・・・

>「このマルクスの態度には、マルクス主義者やその党が指導しない限り革命はありえないとか、社会主義への意義ある前進は起こらないなどといった独断的な前提は、みじんも見られません。……私たちがいま生きている時代は、マルクスの時代よりも、もっと激動的な時代です。共産党がいないところでも新しい革命が生まれうるし、科学的社会主義の知識がなくても、自分の実際の体験と世界の動きのなかから、さまざまな人びとが新しい社会の探求にのりだしうる時代です」
投稿者:TAMO2
15. KM生2011年07月02日 08:18
1)72年党中央の横やりで「民青25歳卒業制強行」→反対幹部を十把一絡げに「新日和見主義者」として追放→力のない党中央猛獣患部(スパイ挑発者も含めた)のみ民青に残る→必然的後退→70年代末30歳卒業制の復活
2)坂井希(初の女性)委員長「班の倍加」を提起→1年後「1割しか達成できなかった」と総括→委員長退任して党患部へ横滑り→現在准中央委員(東大卒というブランド以外何の取柄もないお方です)
3)同盟員の減少により、地区委員会制度廃止→突然地区委員会制度復活提起→堺・京都等「先進地域」で地区再建報告→以後再建報告なし
以上いえることは、民青患部や青年学生担当党患部(多くは民青患部の横滑り)は、「自ら決めた方針に対して極めて無責任で、否定的結果を招いても何等反省することなく朝令暮改するか頬かむりする」というものであります。
これって「何処かで見た光景だな」と思ったら、不破上皇の御姿でした。正に「子は親の鏡」ですな(^^)。
投稿者:TAMO2
マルクスをキチンと読めば、本当はそういう「設計主義」にならないはずなんですがね。
投稿者:「あ」とよばれしもの
世の中を(が)(で)動かして
(動いて)(働いている)原理
というものがあって、それを
取り替えれば、うまくいくと
考えている人々がサヨクなんだ
と思う。

ウヨクはね。この原理というも
のが案外不安定でそれゆえに
安易に手を触れてはいけないと
いう<畏れ>を抱いている。
(抱けるか)ということなんだ
ろうと思う。

 そもそもがその原理がどんな
形をしてどのように分散包括さ
れているかが全くうまく表現で
きないし、言語で表現可能なの
かも疑問。

 新しい原理を原理として認め
ないなんてお前はおかしなやつ
だ。再教育。

 なんて考えるとサヨクの行動は
わかる。

 みんながやっているんだ。お前も
黙ってやれ。理由なぞ考えたって
そんなものはない。と睨んでくる
のがウヨクであろう。

 そのみんなの我慢を、努力を嘲笑う
かのようなサヨクの批判を<批判する
ことそのものを>抗議するし、抵抗す
るんだろう。

 その二つは実は共存できると思う
けどね。
投稿者:TAMO2
しかし、良く読むと、「あ」さんの文章だけでは不十分ですな。「転向」問題や、共産党による身内パージの問題という、余りにもイタくて大きなことを包括しきれない。でも、そりゃあ、仕方ないのかな。
投稿者:TAMO2
「あ」さん:
最後の4行を除いて、同意、なんてレベルではなく、激しく同意します。

最後の4行は、反対というよりは、理論構築は「連帯」をそもそも前提に掲げていた「建前」を知っているから、判断留保、ということです。まぁ、欺瞞と言うやつですな。
投稿者:「あ」とよばれしもの
左翼(サヨクではない。)は本当に
連帯を信じてたのだろうか?

むしろ、一つの極としての働きに
徹していたのではないか?
だからこそ、具体的な決断や行動が
基本的に一国主義にならざるをえない
のではないか?

家族内の罪人を裁きに引き出すべき
なのか匿うべきなのか、あるいは、
説得という交渉にすべてをかけるべ
きなのか?

 どちらにしても犯した罪というもの
 そして、罪によって生まれた悲しみ
 や損害というものとそういうものは
 別個に考えられていると思う。

つまり、罰を受けるか受けないかと
いうことにそういう悲しみや損失と
いうものへの対応が限られている。

ええ?関係ないんじゃないって?
いやいや、サヨクが常に外つまり、
身内を売り飛ばしても正しい人々
の連帯を作ろうとするのに対して
それでいいわけ?と言ってるの。

家族を国、党、セクトと言い換えても
いい。

連帯の基礎づけっていうのは目指すものじゃなく、あいつは俺を売らない、
俺もあいつを売らないということ
なんじゃないのかなあ。

そう考えると…そのような連帯を
まず目指すものと考えるところに
一番の間違いが潜んでいそうな気
がします。
投稿者:キンピー
>科学的社会主義の知識がなくても、自分の実際の体験と世界の動きのなかから、さまざまな人びとが新しい社会の探求にのりだしうる時代です


ちょっと古いところで従属論の台頭から衰退までを読み直しているのですが、近経から出発した従属論とマルクス主義から出発した従属論とでは、明らかにマルクス主義の方が生命力がありましたし、今でも進化して世界を読み解く力になっています。

ってことを考えると主義者や党は必ずしも必要とはいえませんが、マルクス自身は読み続けられるのだろうと思います。
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