TAMO2ちんの日常

思想の嵐 猛(たけ)るとも 正しき道を いざ進め 

 

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投稿者:トテトテトテ 
>誤差含み
言葉じたいが既に誤差含みだと思っています。現実の言葉化は「不均等なものの同一化」(ニーチェ)を前提しないわけにはいかないと思うからです。
>自称レーニン主義者
レーニン読む前にニーチェ読んでいたせいでしょうか。「主義」者だという人々はそういう現実に即して考える人たちではあんまりないなあ、というか、実質的に現実無視っぽいなあと思いました。吉本隆明のいう「天動説のように転向するのは現実社会の方だから」(「転向論」)を今なお地で行ってるのではないでしょうか。とはいえ「現実はこうなんだから早く大人になれ」という意味の七〇年代オヤジ臭いリアリズムを支持する立場ではありませんが。トテトテトテ〜。
投稿者:TAMO2
タマ様、「曲がる」んですよね。レーニン全集を読みまくったとき、それを大いに感じました。で。「言葉」は「真っ直ぐ」を基本的に反映するんですよね。言葉はまっすぐで、現実は直線。この差異が身に染みついているのならば、手前の言う理屈なんか、誤差含みということを前提にしなくちゃならないはずですが、自称レーニン主義者と来たら!!
投稿者:トテトテトテ 
>科学技術とは人間の業である。アダムの食べたリンゴである。プロメテウスの火である。なかったことに出来ないものなのである。
そう思います。と同時にこうも思っています。
「もし君がいっそう微細に見るならば、君は一切のものが『運動している』のを見てとることだろう。燃える紙がねじ曲がるように、一切のものは間断なく消滅し、そのさいねじ曲がるのだ」(ニーチェ「生成の無垢・下巻・一・『悦ばしき知識』の時期から・七二」)
投稿者:トテトテトテ 
http://ja.wikipedia.org/wiki/赤塚行雄

「戦後欲望史」(講談社文庫)なんかの評価はどうなんでしょうか。
古書店で見つけたんですけど、そのとき金欠で。まだあれば買いたいとおもっています。
投稿者:焚火派GALゲー戦線
投稿者:焚火派GALゲー戦線
 佐世保闘争にも参加されたこの方ですな。
投稿者:さよちち@をたく
つっこむ ところ そこかー。

よねざわ いずみ でなくて よねざわ よしひろ ちょ 『せんごえろまんがし』せいりんこうげいしゃ ISBN 978-4883792580

こみっくまーけっと じゅんびかいの もとだいひょうの をたくの かみさま。よねざわさんも わかくして なくなりました。がっしょう。

それより このきじ かくさん おながいします。ねこの ても かりたいよ。
投稿者:トテトテトテ 
>えろまんが
七〇年安保闘争から連合赤軍同志粛正発覚以後、カウンター・カルチャーとしてエロ路線を取った人々が少なからずいたと思います。まだ「町の本屋さん」が全国いたるところにあった時代。「エロトピア」や「さぶ」全盛期の頃です。当時小学生だった立場としてはとても懐かしい雑誌です。ほかにも色々出ていたと思います。しかしそれらが担った意義について、総括的に述べられた文献なんかはあるのでしょうか。昭和の18禁はあの当時出現したものであって、それ以前と以後とでは、線引きできるものと考えています。もしあればご紹介頂ければ有難いと思います。
投稿者:さよちち@すまほゆーざー
すまほで みると ぺーじの うえと したに ばなーこうこくが ひょうじされるのですよ たいてい えろまんが
ぱそこんばんと すまほばんは でざいんが ちがいますです

投稿者:トテトテトテ 
>いま したに でている えろまんがの こうこく
どれのことかわかりません。
「したにでている」って、どこの、どんなふうに?
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