TAMO2ちんの日常

思想の嵐 猛(たけ)るとも 正しき道を いざ進め 

 

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投稿者:トテトテトテ 
>それを防ぐには、ある一つの立場に偶然で任せる「くじ引き」が有効
そう思います。見た目は必然的に見えてそのじつ偶然に満ちたつながりでしかない因果連関を正に必然的なものに見せかけている錯覚から解放されるためには、勝者もなければ敗者も本当はないのだという「蜘蛛の巣からの解放」(ニーチェ)を伴うものでない限り、無理だと思われます。

ところが「蜘蛛の巣」を作っているのは「われわれ蜘蛛」自身だとニーチェはいいます。安住していたい気持ちがどこかにあるというわけです。フロムのいうように。

その態度が超克されない限り、プロレタリア独裁に限らず、どのような形態の独裁であっても出現可能性はいつどこにでもあるに違いないと思っています。しかし繰り返される「くじ引き」はその点、独裁のばからしさをその都度見せつけてくれるだろうし、フロムの警告を常に頭から取り逃がさない装置として有効にはたらくのでは、と期待しています。

公正であろうとすればするほど生まれる「距離」とその恐怖感というのは、勝者/敗者という古くさい二元論から脱却するための試金石として必須であると考えています。そうでないと、せっかくのフロムの警告も意味をなさなくなるでしょう。「勝利者の誰ひとりとして偶然を信ずるものはいない」(ニーチェ)。ゆえに勝利などは逆に「偶然に過ぎない」という事実を何度も繰り返し見せつける効用を「くじ引き」は持っていると思っているのですが。
>プロレタリアートの独裁の可能性は、「くじ引き」で担保される
その点は否定できないと思います。十分に練り直さなくてはいけないと思っている点です。
投稿者:TAMO2
タマ様:
マルクス主義の図式に引きつけて書きますね。

プロレタリアートの独裁の可能性は、「くじ引き」で担保されると考えています。

レーニンらが考えたよりも、プロレタリアートの内部は多様で、その中で「代表」やら「指令部」を決定するには、選挙選出による「勝者」という構図を消さなければ、容易にプロレタリアートへの独裁に転化することは、もう、歴史が証明していることだと思います。それを防ぐには、ある一つの立場に偶然で任せる「くじ引き」が有効だと思います。

勿論、くじ引き前には、絞り込みのための選挙が必要と思います。
投稿者:トテトテトテ 
>結節点の一つが司令塔になる必要があるときもある
同感です。
>「お前、やってみぃや」という形で決まるべきか
お山の大将では困りますし、かと言ってひとまかせではいつまで経っても何も決らないでしょうし。

2000年代初頭、柄谷行人が「くじ引き」導入を提唱したことがあったと思います。で、アリストテレス「アテナイ人の国制」(岩波文庫P.104)を見るとほんとに「抽籤」という言葉がまじめに出ている。スピノザ「国家論」(岩波文庫P.166)にも「抽籤をもって選ばれる」とあります。

そのとき思いました。もう、抽籤でいいじゃないかと。とはいえ、誰が「司令塔」になっても同じだからという消極的な意味ではなく、ニーチェのいう、「私は公正である。だから距離がとれるのだ」との意味でです。

あらかじめ与えられた距離を取るためにではなく、自らが公正であろうとすることによって、かえって適切な距離が保たれることになる。あまりにシンプルな考えゆえか、とても新鮮に思ったものです。

とともに、「抽籤」が実施されるなら、あらゆる「党派根性」は意味を失い骨抜きにされるであろうとも思いました。
投稿者:TAMO2
タマ様:
リゾームであっても、その結節点の一つが司令塔になる必要があるときもある、と思います。だがしかし、それは、「お前、やってみぃや」という形で決まるべきかと。

tatu99様:
以前、こんなのを書きました。
http://red.ap.teacup.com/tamo2/657.html

まあ、自称左翼の多くが、とんでもない差別者である具体例を、小生は一杯見てきましたし。それは、血債を叫ぶ奴らに多めでした。
投稿者:tatu99
反論が多いとは思いますが、真の左翼は別として似非左翼は反日を唱えることで自分が一段と高いところに位置すると自己満足するだろうと。
差別や貧困を糾弾する人間だって自分自身が弱者側なら何も言うことはありませんが、エリートを目指すために反資本主義・企業・会社を言うのはナンダカナーと考えます。
小学校時代の学級会以来たとえばイジメはいけませんと言う人間は教師にゴマする以外の何者でもない、イジメ差別される人間は沈黙するのみ発言能力すらないその心は沈黙だけがイジメを軽減するから。
戦後のサヨクは戦前の右翼の生まれ変わり、すなわ強いものに媚びる。
投稿者:トテトテトテ 
タマです。
>尾藤イサオの昔の歌
聴いたよ〜。

飼主は、そういえばあったあった、なつかしいなあ。
で、世界はやっぱりリゾームだと思います。

だってさ。
タマにはさっぱりだけどね〜。
投稿者:TAMO2
でしょうね。日本の経済や科学の強い分野以上に、広く質の高いものをヨーロッパは持っています。例えば、環境技術の導入は、日本からというよりも、水質ならオランダから、というように。

まあ、中国じゃなく日本もヨーロッパから学ぶべきことは、エンジニアリングにおいてもまだまだあります。フランスも、ドイツも「ヴぉーすげー」と思うところがありますが余り書く訳にもいかないのが残念。
投稿者:焚火派GALゲー戦線
 で、リンク先の外務省資料で「中国への経済協力」見るとここ最近は日本より独仏のようで。 まあ、援助と潜在的見返り投資を厳密に区分するのはなかなか難しいですが、「そういうことに拘らないパワーエリート」というのは親欧派として出てくる可能性ありのようです。
 こりゃ、ユーロも消えそうで消えないわ。
投稿者:TAMO2
ちなみに、対中国の円借款は累計で3.3兆円、無償資金援助は1557億円、とのことです。

繰り返しになりますが、「清算」は無理でしょうし、そういうことに拘らないパワーエリートたちも、中韓ともにいます。未来は彼らのもので、少なくとも日本左翼のものではないでしょうね。
投稿者:TAMO2
ギャル戦同志:
をを、いいところを指摘されていると思います。ワイマール期の賠償は、恐らくは金額で表現出来ないレベルのものだと思います。

喩えて言うならば、小生の書いたリンク先文章の、「2000兆円賠償」のような。

ただ、第二次世界大戦以後の比較的軽い賠償行為は、その辺の事情をどのように計算されたのかが、分かりません。

中国は基本的にこのような賠償を拒否しました。毛沢東には日本は恩があります。

個人賠償は、見解の相違があるのは知っていますが、それを認めると大変なことになるのではないか、と、思います。それこそ、ワイマールからナチスが生まれたようなことが。

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