『熔ける ――大王製紙前会長 井川意高の懺悔録』(井川意高著、双葉社)
いわゆるティッシュ王子の懺悔録。小学校卒業直前から東京に住み、筑駒から東大、そしていきなり部長待遇で親父さんの会社に入り、凄く若くして社長に。そして事件。「東大出ててどんなアホボンや?」と思うのが世間というもの。
すごく真面目で一生懸命な人だなあと思った。根が真面目な人こそ、賭博に嵌りやすいと言われる。彼がドストイエフスキーの『賭博者』を読んでいたらなあ、と思った。この本を読んでいて、どすちゃんのこの小説の怖さが蘇ってきた。ちなみに、小生は占いと賭博はしない。嵌るのが分かっているから。バカ真面目さがあるからね。
で。嵌ったのは経営のストレスではなく、家庭のたしなみで覚えた麻雀で培われたであろう賭博好きという嗜好のためか。ストレス発散には酒があった。ただ、この人、凄く不幸なんだよなあ。というのは、酒という、賭博に嵌る前の唯一の楽しみである酒も、仕事の延長として父親に仕込まれた気配があるからだ。井川氏の半生は父親の呪縛から逃れられなかった。父親は息子を経営者の跡取りにするために、世間様に馬鹿にされないように、それはそれはスパルタで鍛えた。自由な校風の中高でも、大学でも、本当の意味で自由=自分を見つめなおす時間 が得られなかったことが良く分かる。一番悲しいのは、最後の方の文章。
大王製紙で仕事をしていて「楽しい」と思ったことは、実を言うと一度もない。自分の仕事だから、もっと言えばそれが与えられた使命だからやっていただけの話だ。(中略)私にとって大王製紙での仕事は苦痛でしかなかった。
(p262)
父親という暴君を常に意識しつつ、同時にアホボン呼ばわりされることへの反発、プレッシャー。酒も仕事の延長。遂に見つけた逃げ場所がギャンブルだったのではないか。
著者はホリエモンと親交があるようだ。帯の文章もホリエモンのもの。ホリエモンについては、彼がライブドアで有名になる前にNHKだかの取材で見たことがある。一介のエンジニア兼社長だった頃。凄く楽しそうに仕事をしていたのを記憶している。記憶しているのは、駒場寮出身とか紹介されていたからだと思う。廃寮攻撃の大変な時期に寮生だったんだなあ、という仲間意識。そんなホリエモンも、有名になった時には、企業価値ばっかり口にしていて、「おい、あんた、本音ではそんなもんに価値置いてないやろ?」と突っ込みたくなる表情をしていた。彼も最近は憑き物が落ちたようで、いい感じらしいが良くは知らない。
さて。著者は出所したら、B to C(末端消費者相手の商売)をやりたいとのこと。そのためには、仕事を面白いと思う人間にならないとなあ。そのためには、人間を面白いと思う人間になることが最低条件だなあ。ここで言う自分以外の人間とは、商売相手の末端消費者のことである。かつてのように心を鬼にして、合理性と具体性ばかり追求しても仕方がない世界。とはいえ、元々気配りの出来る人だから大丈夫な気もする。
そうだ。一つ提案。愛媛FCやマンダリンパイレーツのスタンドに来て、常連になるのがいいかも。色々な人間がいて、面白い色々な世界の話が聞けるし、何よりサッカーや野球は見ているだけで面白いし気分が晴れる。中村知事でさえ何気にそこにいる空間。著者が将来必要とするであろう「大衆」はここにいる。あなたの故郷はあなたの味方だ。
あと。賭場としてのカジノはやっぱり要らないよ。国を滅ぼしかねん。
というわけで、思いつくまま。
第一章は「極限」と題して。
・500万から1000万まで増やした、だから、次は2000万まで増やせるはずだ! いつまでも勝ち続けられるという幻想に縛られる。
・社長就任後2年ほどしてから嵌った。大勝、それ以上の大負け。グループ会社から金を引っ張ってくるようになる。運転資金に手を付けなかったというのは言い訳にならない。
・シンガポールのカジノならなら土日をほぼフルに使えるという悪魔のささやき。
・ジャンケットというマカオのシステム。コンシェルジュ兼マネージャー。
・VIP待遇も、カジノ側にしては安いもの。ロールスロイス、スイート、ファーストクラス。
・出目に揺らぎがあるのは当然。揺らぎがないほうがおかしいのは、数学の確率論が教えるところ。
第二章は「追憶」と題して。
・生まれ育ちは伊予三島。祖父の代に購入した1200坪の敷地。中で草野球が出来るレベル。
・小さな製紙工場が立ち並ぶ街で、戦後の波に乗った大王製紙は必ずしも好かれてはいなかった。これは、地元の人に聞いた話と一致する。
・子供の頃の夢の一つは漁師。だが、自分の運命が定められていることに対する諦念がある。
・オイルショックで、それまで段ボールや新聞紙を作っていた大王製紙は出版物ターゲット――本社は東京に集中する――にするために、一家は東京へ。
・中学から良い学校に行くために、伊予三島時代から受験勉強。田舎でトップでも、全国でどないやねん、というのが問題で、代ゼミの夏季模擬試験などを受けるために飛行機で東京へ。どういう背景があるにせよ、全国2位は凄い。(ちなみに小生は、300位くらいだったかなあ。)
・アホボンとは逆で、お金にはとても厳しい家庭。スパルタ教育。ゴルフクラブを振り上げるなんか、ちょっと行きすぎかと。星一徹のほうが優しいレベル。確かに暴君だね。(一徹オヤジの本質は凄く優しいのだが。)
・「人よりも税金を一杯払っているんだから、学費は安いところに行け」と父親。そして筑駒へ。
・学生運動の煽りが残っている時代、自主性が尊重された高校時代。映画研究会に所属。うぶで真面目な生徒であったとのこと。ただ、アカ教師をはじめ、カオスな教師たちを見ていると、大人とて一人の未完成な人間であるということを知ったようであった。そしてプラグマティズムを身に着ける。二元論は愚かな怠け者のイデオロギーなのだ。
・東大にいかなければ落ちこぼれという感じの筑駒の雰囲気にあてられたか、自己流の受験勉強を経て東大法学部へ。しっかり眠りながら。これは基本。
・大学ではゴルフサークル。ここではリーダーをやりながら=雑務全般をやりながら、これじゃあ息が詰まるのでヨットサークルにも所属。そこで元妻と出会う。
・クルマにあこがれのあった世代。入学祝でBMW635。結構高い。でも、派手なのはこれくらい。
・著者の父親は瞬間湯沸かし器の暴君、会社でもそうだったようだ。母親と著者は基本的に温厚で辛抱強い性格だが、運転免許の性格診断では、瞬間湯沸かし器的な面もある、と出たとのこと。「瞬間湯沸かし器」は博打に嵌る性格の一つ。弟さんは論理的で慎重居士であるとともに我が強い。
・兄弟は仲が良い。譲り合いがいいね。背景に父という暴君。事件の時も弟さんは兄を支え続けた。
・「三代で会社はつぶれる」という俗説。そうはさせじと家庭でも父親は暴君として振る舞った。大学というモラトリアムが終わり、意を決して社会人に。
第三章は「邁進」と題して。
・入社一年目は本社人事部付で簿記専門学校に。次に三島工場へ。年産230万トン。一台300億円の機械の導入に、設計レベルで携わる。
・「1m=一命取る」これは工場で良く言われること。回転機器の巻き込まれなど、工場内は一つ間違えばとても危険なのだ。人間の価値観を含め、現場を知ることは経営する上でとても大切なこと。また、大きな投資の時は専門家へ丸投げ出来ない。装置産業の場合は特にそうだと思う。
・27歳にして、借金900億円で年間70億の赤字の子会社、名古屋パルプへ。バブル崩壊の影響。銀行は貸し渋り、貸し剥がしに入った時代。支店長をこえて、銀行の副頭取に直接面会するという掟破りを行なうが、その度胸を気に入られて融資を受ける。その後会社は好転。
・31歳くらいで本社の専務に。倒産企業に紙を取り返すためにトラックで乗り込むなど、現場主義と「非情さ」を見せつける。
・超高齢化社会を見越すなどして、オムツなどのヘルスケアペーパーの事業を拡大。P&Gから事業移管。著者と桐山さんは気が合いそうだな(謎)。
・他社に負けていた敗因が、宣伝戦略とブランド戦略などにあることを突き詰めて挽回。「どうせ資本規模で勝てないし」という敗北主義をなくしたのが真の勝因か。宣伝戦略については、永谷園や大正製薬の社長からヒントを頂く。
・「頑張っている」はビジネスでは言い訳に出来ない。幹部クラスに近づけば近づくほど、そうだと思う。上手くいかないときは、知恵を絞るのがビジネスだ。
・サービス残業は許しがたい。闇残業と言いたまえ!
第四章は「君臨」と題して。
・王子製紙による北越製紙買収という日本初の敵対的TOBに対しては、独禁法や製紙連合会を絡めた筋論を通す。
・42歳で社長に。次の次と高を括っていたが。父親に仕事ぶりを認められたということだろう。
・就任1年後、リーマンショック。いきなり10〜15%の需要減は、対応可能な限度を超えている。また、ペーパーレス化が進む世の中。イケイケの時代の名残で生きてきた父のやり方を改める構造改革を断行。
・5W1Hならぬ、5W2H。 How + How many, How much。具体化、数値化が大事。美辞麗句は要らない。
・大口販売店は若手に。部課長はそのサポート。離職率が高い職場は管理職のフォローが足りないため。フォローするように仕向けた。
・コミュニケーションをとるために、敢えて小さいセグメントに分割したり、全ての部署(小さな出張所などを意識)を最低二人にした。
・競合他社の中に埋没しない製品作り、販売を。
第五章は「疼き」と題して。
・大学新歓コンパで急性アル中。アパート暮らしを始めていたが、友人が気を利かせて実家に。病院に運び込まれて助かった。暴君もうろたえたらしい。
・将来の仕事のために、銀座へ。父の代理としてエライ人を接待。お茶の家元へも。
・新橋の京味には小学生の頃から。名古屋パルプ時代は、車で京都の祇園の料亭などへ。ワコールの塚本氏の家に泊めてもらいながら。
・お茶屋はラウンジであり、喫茶店であり、スナックでもある。常連は夫婦で来る。しきたりがしっかりしているからこそできる芸当だと思う。(こういうのがなくなるのは、さびしいね。)
・大王製紙がスポンサーとなった『ぼくらの七日間戦争』(88年)を宮沢りえさんの前で話題にしたら、「そんな昔のことなんか忘れているわ」とキツいお返し。気の強さよ。
・トンビらとテキーラ一気飲み競争。どんだけ強いねん、この人たち。
・色々な噂が飛び交ったが、仕事の延長上の酒のこと。有名人が安心して酒を飲める場所は限られていて、顔見知りくらいにはなるわな。ほしのあきさんは頭の回転が気に入ったらしい。とても律儀な人でもある。Ufuをダースでプレゼント。あびる優さんも礼儀正しい。
・を、海老蔵さん。酒が入れば人格が悪いほうに変わるが、素面ではとても礼儀正しく会話も面白い人。素面で会った人は、海老蔵さんにとっては仲間のようだ。
・関東連合の石元氏のことは格闘家だと思っていた。塩田大介氏とは酒席を共にしたことさえない。
・ホリエモンは常に上座に座る無礼者だったが、出獄後はしおらしく。今は真心と気配りの人・・・と、この本以外でも読んだなあ。著者への差し入れが分厚い座布団というところに同志愛?を感じる。
第六章は「放熱」と題して。
・点ピンの家族麻雀を小学生から。負け分は小遣いから引かれる。但し、中高大と、それほどやるわけではなかった。会社では強者がいたようだ。ボーナス清算。
・初カジノは96年頃。軍資金100万円のオーストラリア・ゴールドコースト。ビギナーズラックで2000万円に。これが破滅の第一歩。
・良くは分からんが、定石と流れのブラックジャックに対して、純粋に偶然性のバカラらしい。
・偶然性には揺らぎがある。それが博打に嵌る理由の一つ。
・03年にマカオに行き出したのが運のつき。ジャンケットを通じて借金出来ることを知ってしまい、つぎ込む。勿論、ジャンケットは支払い能力を冷静に見極めている。
・著者のようなVIPがカジノの金づる。人目につかない場所をセッティングする。
・いよいよとなると、アメックスのブラックカードの出番。3000万円相当の金品を購入し、質屋で現金化。中国人好みの金ぴかがいいらしい。ロレックスとか。
・ブラックの上にはチタンがあるらしい。他にもクリスタル、スケルトン、パープル・・・。わけがわからないよ。
第七章は「熔解」と題して。
・子会社の余裕資金を勘案し、子会社から金を引っ張る。立派な背任横領。「すぐ返すし、運転資金に手をつけていないからいいだろう」という甘すぎる考え。総額106億8000万円。合理的で理性的な人間を、こうしてしまう賭博が憎くて仕方がない。
・実際問題、立派な実績を残している本社社長を止めることは難しかったと思う。仕事人としては文句のつけようのない著者だから。監査法人トーマツはおかしいことに気付いたようだが、井川の判断で運転資金に充てていると言われて引く。そのくらい信用されていたということでもある。
・父には子会社からの借り入れをFXと言い訳した。当然激高。本当のことは怖くて言えない。
・検察の取り調べはホテルで。マスコミに感づかれるとうっとうしいのでそこにはお互い注意。エリエール・レディスオープンの後の11月22日に逮捕。
・拘置所では、今はアナル内チェックはないようだ。食事もおいしいらしい。
・差し入れではホリエモンの座布団、HITO病院(四国中央市)の神氏の綿入れ袢纏が有難かったとのこと。
・関係者の名前が出ると迷惑が掛かるので「取り調べ可視化」を拒否。二例目らしい。
・政治家に流れた金を検察は調べようとしたらしいが、そんなものはなかったとのこと。プレゼントのトイプードルの値段まで調べ挙げる検察が見つけられないのだから、ないのだろう。
・保釈金は3億円。
第八章は「灰燼」と題して。
・借金は全て返したが、懲役四年の実刑。額が多すぎたのと、裁判所も世間体を考える。
・裁判如きで震えていては経営者は務まらない。それはそうだと思う。そして、以下の発言は日本人はとても尊重すべきだ。息子の罪で親が自殺するなんて、日本の世間の犯罪だと思う。(連合赤軍事件に関連して)
私が犯した罪は大変重いと思います。ただし、本人が犯した罪によって家族まで処罰を受けるのは、法治国家としておかしいと思います。
(P239)
・佐野眞一のでたらめぶりについては、ファシスト・佐藤氏などに詳しい(笑)。ここでは、白煙=公害(工場勤務者なら水蒸気のどこが公害なんだと思う)などの印象操作、井川家が街に君臨しているというあり得ない文章、「高」という名前が続くのは身長コンプレックスだ、など。要は、この人は、40年以上前の左翼系ジャーナリストが良くやった印象操作の人なのだ。ホンカツなどを叩いておかなかったツケか? それじゃあホンカツに失礼か。彼はまだ、事実は事実としてきちんと調べていたと思う。嫌いだからしっかりは読んでいないが。極めつけは東大コンプレックス。慶応出(父親)にそんなのがあるはずがない。社長の出身大学って、慶応が多いんだよ。そういうわけで、佐野氏はフィクション作家に転向すべきだという著者の指摘には同意。
・ギャンブル依存症に著者はかなりの程度当てはまっていたようだ。一度はまると抜けられない・・・。
・創業家長男として、厳しく鍛え上げられ、エアポケットに。それが賭博だったということか。仕事は苦痛でしかなかった、という告白が痛々しい。面白いもの、楽しいものを仕事と関係なく見つけることから、彼の再生は始まると思う。そういうわけで、マンパイの試合でも、FCの試合でも観に来てくださいな。団体スポーツはいいよ!

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