『日本人のための世界史入門』(新潮社、新潮新書=506)
著者は言う。歴史について知っておくことは大人の責任である、と。ただ、昭和の戦争に出版物が偏している(さらに言えば、戦国時代か?)に苦言を呈する。さらに言う。「歴史は偶然の産物である」。そして、いわゆる史観のいかがわしさについて述べる。都合よく歴史を切断して抜き取る皇国史観などの右派の歴史観。歴史は発展し、進歩するというヘーゲル由来の進歩主義史観。唯物史観のいかがわしさは、左派からも言われてきたことである。例えば、唯物史観でスターリニズムとファシズムという、左翼が産んだ鬼っ子の発生を説明出来た例を小生は知らない。著者は、ヘーゲル史観が間違いだと言う。著者は歴史に発展の必然性も、法則性もないというカール・ポパーの立場を採る。ただ、どうなんだろう。唯物論とか観念論とかの古臭くて今やナンセンスな哲学対立の両方の立場に共通するものがあるとすれば。それは、恐怖と不安である。小生は、この二つのものこそが歴史の原動力であり、発展ではないにせよ法則を作っていると思う。
ともあれ、著者の歴史観によると、歴史は偶然の集まりとなる。人類に体毛がないのも偶然なら、天皇(制)が生き残ったのも偶然。西洋がシナ圏よりも進んでしまったのも偶然。だけど、人間は意味を見いだしたい生き物だし、「XX史観」があってもいい、それも複数あってもいい、というのが著者の考えのようである。但し、公正中立という視点は踏まえなくてはならない。物語のない歴史なんて、退屈だしね。そして、厳密さに拘っても、不明部分が残るので、学者は厳密さに拘る必要があるとしても、素人には意味がない。
というわけで、著者の博覧強記っぷりから面白いと思ったものを。
第一章は「皇帝とは何か、王とは何か」と題して。
・平清盛のドラマで「王家」と、天皇家を読んでいたのは歴史考証的に正しい。
・皇帝はヨーロッパ世界にただ一人いて、複数の民族が住まう地域を統治する。中国では始皇帝がはじめ。
・キリスト誕生年と西暦がずれているのはやっぱり謎。
・トルコ(テュルク)系民族はとても広大な土地に住んでいた。XXXスタン系。
・人間の言語は多様に見えるが根底において同じ構造(チョムスキー言語学)。
・確かにギリシア悲劇には、人間の悲劇が全て凝縮されているような気がするが、良く知らん。
・ローマよりも、ギリシャのほうが豊かだったのでは、と、色々言われているが、色々理由があってローマ時代に壊されたのは、フェルマーの定理本で書かれていたね。
http://red.ap.teacup.com/tamo2/1894.html
・歴史小説や大河ドラマで歴史の概略を知ることは大変良い方法である。
・キリスト教の学校が多い日本は、潜在的なキリスト教徒が多いという著者の意見は、多分正しい。だが、カトリックとプロテスタントの原理の差まで、自覚的な人は殆どいない。俺はカトリックだもんね(爆)。
・古代ローマでは同じ名前の人が多かった。
・共和制と君主制の差は、選挙か、世襲か。だが、結構曖昧。例えば、ピューリタン革命後のイギリス。クロムウェル卿は息子に地位を譲った。
・「セネターズ(上院議員軍)」vs「パドレス(神父軍)」という訳の分からないチーム同士の対決が野球というものである。
・シナで儒教が本格的に採用されたのは「新」の時代。紀元八年頃の儚い政権。
・大昔の日本はシナにならって正史事業を興して『日本紀』などを作ったが、『日本三代実録』で止まった。後はぽつぽつと、『我妻鏡』、『徳川実記』。アルヒーフを軽視しまくり、文書を焼いて証拠隠滅する日本の悪い伝統はこのためか?
・中国の歴代王朝の覚え方。今も王朝。「かいんしゅうしん、ぜんかんしん、ごかんさんごく、せいしんとうしんなんぼくちょう、ずいとうごだい、ほくそうなんそう、げんみんしん、ちゅうがみんこく、ちゅうかじんみんきょうわこく」
「夏殷周秦前漢後漢漢三国西晋東晋南北朝随唐五代北宋南宋元明清中華民国中華人民共和国」
・まともな歴史学者は邪馬台国など論じない。「魏志倭人伝」は信用のおけるものではない(西尾幹二)。例の金印も偽造説あり。
・足利義満将軍は明の皇帝から「日本国王源道義」の称号を与えられ、徳川将軍なども国王として対外的には振る舞った。
第二章は「あえて「暗黒の中世」と言ってみる」と題して。
・ローマ帝国滅亡後、興ったのはフランク王国。早くからキリスト教を受け入れ、シャルルマーニュ(カール大帝)の時代に隆盛。その後は内紛で分裂。フランスやドイツになる。
・この頃の国家は、封建領主が一杯いて、親戚筋で領主をやり取りしたり。国家と領主は必ずしも一致しない。日本では武家は土地所有者ではなかった。俸禄は石高。
・『クルアーン(コーラン)』の内容は旧約聖書と酷似。ちなみに、仏教徒など神を持たない民は、言語が通用しないので、問答無用で殺してもいいという建前らしいが、それは、別に聞いた話と異なるような?
・想像力に頼り過ぎると歴史を読み間違える。
・「ロマネスク」という言葉は元々、「ローマ風の」という意味のはずだが、今や「ロマネスク」だったり、「小説」だったり、無茶苦茶である。
・イギリスは色々あって、いまでも完全に統合されているとは言い難い。
・イギリスはデンマークあたりと因縁が深い。デーン朝など。
・イングランド王は外国人国王が続いていて、それがお互いに「距離を置いた」革命を可能にし、議会制民主主義をどこよりも早く育んだ背景かも知れない。
・西洋中世の文芸や芸術のレベルは低い。「火刑にされるフス」の酷さときたら!
・十字軍は本来の目的から逸れたと言われるが、確かに、「わけがわからないよ」。宗教は理性では理解できない面がある。
・モンゴル人には姓がない。蒙古軍の中は朝鮮人の高麗軍で、やる気がなかったので内紛が起きたりして帰ってしまったというのが「神風」の正体。
・Revolution = 革命 となったのは、ケプラーの発見のためとか言われているらしい。
・『太平記』の頃に切腹が矢鱈増えたのは、宋学のためらしい。
・一二世紀=吟遊詩人=恋愛小説=恋愛思想という図式は、勿論嘘だろう。源氏物語を読め。でも、『鳩の頸飾り』は宮廷に広く影響を与えたらしい。
・磔なんかで処刑されたら、「イエス様とおんなじやん!」という、とても名誉なことである。秀吉がそんなことをしたから、磔されたキリスト教徒は聖者になってしまった。
・ウパニシャッドは紀元前400年頃。200年には龍樹。インド最強説。
第三章は「ルネッサンスとは何か」と題して。
・キリスト教に隠蔽されていたものを再生するのがルネッサンス。文芸復興とかつて言っていた。北村透谷は「文芸は思想と美術とを抱合したる者にして」と言った。
・最晩年のトルストイは、オペラさえ批判するキリスト教徒になった。
・キリスト教世界で、ギリシャ・ローマ神話の絵画を描くことは、考えたら命がけでもおかしくないよね。一神教の世界に多神教の物語を持ち込むんだから。
・「プリンス」はかつて、王のことを指していた。『君主論』は「イル・プリンチペ」。英語では「プリンス」。
・シェークスピアを読めば、イギリス史が詳しくなる。
・ジャンヌダルクはイギリス側では悪者扱い。シェークスピアの『ヘンリー六世』では「変な女」。
・『大明帝国 朱元璋』(映画)はとても面白いらしい。大昔の毛沢東か。
・そんな頃、イギリスでは近親同士で殺し合い。
・シャア・アズナブル(ガンダム)のモデルはチェーザレ・ボルジア。
・ハプスブルク家とフランス王家のライバル関係。萌え。
・カトリックでは、懺悔さえすれば姦通も許された(爆)。となると、免罪符のお話は口実か?
・横道に逸れる。死後天国に招かれる人は決まっているという、プロテスタントのドグマだけど、これはカトリックからユダヤ教への「後退」だと小生は思っている。「やらない善よりやる偽善」だ。
・毎度DQNなイギリス話。ヘンリー八世は離婚したいがためにローマ教皇と手を切り、イギリス国教会を作った。だが息子のエドワード六世は立派な王様で善政。『王子と乞食』のモデル。
・ヨーロッパの中心は長らく地中海であったが、慎太陸の発見で大西洋側に移る。
・日本でキリスト教が禁教となった折、商業目的で来ていた英蘭は残された。
・イスパニアのアルマアダを撃破したイギリスが覇権を握る。英語が世界共通語になるのは20世紀だが、それまではフランス語が共通語。ちなみに、明星高校も出来た頃はフランス語で授業だった。リンガ・フランカ=世界共通語。
・オランダ語はドイツ語の方言みたいなもの。
・ジェイムズ一世が王権神授説を唱え、聖書の英訳を進めた(欽定訳聖書)。これが英語の基準の一つとなる。
・次のチャールズ一世は議会を解散して独裁を強めようとしてジェントリーと対立、首チョンパ。革命の祖国はイギリスだった(爆)。「カタラクシア」という概念の前には、民主主義成立の歴史の御多分に洩れず、血が流された。
・名誉革命はジェイムズ二世が逃げるのに成功したから、余り血なまぐさくないだけのようだ。また「オランダによる英国侵略」とも言えるらしい(p182)
・フランスはルイ13世、14世が良い時代。13世の宰相リシュリューは『三銃士』の悪役、一四世は太陽王。
・天体もリンゴも引力で引かれる! 天界のことも地上のことも同じ、と気づいた西洋は自然科学が爆発的に発展する。負けを素直に認め、彼らから学んだ日本は賢明だったと思う。
・問題は、アラブやシナがどうして長く西洋に学ばなかったのか、ということ。背景のイデオロギーを把握する必要がありそうだ。
・「暗黒の中世」が終わった後、ヨーロッパの歴史は戦争の歴史となる。カントの恒久平和思想、グロティウスの国際法には血みどろの背景がある。ちなみに、カントの本は「現実なんざあ知ったことじゃない」と最初に書いているのが悲しい。
・確か17世紀には戦争を避けるために永世中立を決め込んで、スイスは平和を確保した。「スイス五〇〇年の平和が生み出したのは鳩時計だけだ」(映画:第三の男)
・「核を本当に廃絶したら、通常兵器による戦争が頻発することになるだろう。」(P191)
・啓蒙思想家に理解を示した専制君主は偉大だと小生は思う。自らの歴史的な位置を知っていたから。マリア=テレジア、エカテリーナ二世、フリードリヒ大王など。
第四章は「フランス革命と十九世紀」と題して。
・独立戦争でアメリカが勝てたのはフランスの支援のおかげ。駐仏してフランスの支援を頼んだのがベンジャミン・フランクリン。女たらしだったらしい。
・カリフォルニアで金鉱脈が発見されるまで、インディアンは結構平和に暮らせた。金を目指すDQNが西進することで殺戮がはじまった。
・エドマンド・バーグの本は泣き言。ちょっと前まで、ロシア革命の総括でそういうのを見たなあ。
・「ナシオン(国民)の名において、止まれ!」(by 竜騎兵) 穏健派のミラボーの死去で国王が危機を感じ、亡命を選択させた。
・革命フランスを神聖ローマ帝国レオポルト二世は威嚇。革命防衛のためフランスはオーストリアに宣戦布告。革命は周囲との防衛戦争を招くことがよくある。革命派は武装なしでは生きられない。
・『死刑執行人サンソン』(集英社新書) これは面白そうだ。
・『ベルバラ』のネタ本は、『マリー・アントワネット』(by シュテファン・ツヴァイク)って、これは有名か。備忘のためのメモ。
・筆者はロベスピエール好きらしい。あと、アンジェイ・ワイーダの映画『ダントン』はフランス革命の議会の雰囲気が分かるらしい。
・フランス革命に対してアメリカは中立の立場をとった。
・著者はナポレオンに対して冷淡だな。彼がいなければ、革命の理念も防衛できなかっただろうに。確かに、シャルルマーニュの再現を試み、皇帝になったのは批判されるべきだろうけど。
・ボナパルティズムの一つの定義。マルクス主義のそれとは違う。「かつての英雄の子孫を国民が支持する現象」でも、語源を考えたら、こちらが本来なんだろうね。
・リベラル知識人が啓蒙的に大衆に訴えても、自民党は勝ち続けたし、小泉純一郎現象や安倍ちゃん人気は強いものがある。慎太郎も人気がある。それについて著者は言う。「大衆の啓蒙は不可能だ」。
・アヘン戦争についてイギリスの教科書が酷い記述であるのは有名だが、中共は修正せよとは言わない。
・『朝鮮』(金達寿著、岩波新書)には、朝鮮のだめなところ=事大主義(本貫、族譜にこだわるなど)が遠慮なく描かれていて素晴らしいとのことだが、岩波は復活させたくなさそうである。
・度重なる戦争、領地替えがあったヨーロッパのナショナリズムは複雑で理解しにくいものがある。ナショナリズムが起こった順番は、ギリシャ(1821年くらい)、ベルギー(1830年)あたり。次に中南米。明治維新と並行した統一が、イタリア、ドイツ。こうしてみると、ナショナリズムというのは新しい現象である。イタリア統一の英雄ーガリバルディは興味深い。
・さて、社会主義。大幅略。ただ、『フィンランド駅へ』(エドマンド・ウィルソン著、みすず書房)は面白そうだ。社会主義思想史の本で、最後はレーニンが4月テーゼを引っ提げて祖国に戻る所まで。
第五章は「日本の擡頭、二度の大戦」と題して。
・司馬史観ではなく、竹内好史観だろう、と。(『近代の超克』筑摩叢書)
・米国は地政学上の位置から、太平洋の覇権を握る必要があり、(略)シナ大陸を支配する国とは争わないことにしている。(P237)
・第一次世界大戦が悲惨だったのは、国民国家による徴兵制の全面戦争であったから。
・日本は亜細亜民族として人種差別撤廃条項を国際連盟で訴えたが、却下された。
・米国の禁酒法は1919年から33年まで14年続いた。正確には酒の売買が禁止されていた。
・民主主義と社会主義・共産主義の関係についての著者の記述は概ね妥当だが、今の若い共産党員が読んだら卒倒するだろうな。(ツイッターに筋だけ書いてやろう)
・日本の駅で「べんと〜 べんと〜」と売り子の声が響くのを聞いて、ムッソリーニの娘さんは父の名を呼んでいると言ったらしい。
・『ファシズム』(山口定(やすし)著、岩波現代文庫)に細かい定義があるらしい。
・フランコもファシストだが、それほど悪い政治家ではなかったとは小生も聞いた。ってか、ヒトラーも、大虐殺をせずに、電撃作戦以前に死んでいれば、レーニンくらいの評価は得ていたと思う。
・著者の言うように、ナチスを支える思想をニーチェが持っていたのは正しい。だが、ナチスが登場した時にニーチェが生きていたら、誰よりもナチスを罵倒したであろうのもニーチェだろう。
・儒教を脱臼しなかった朝鮮、シナと日本が対等に同盟することは、著者は無理だったと言う。小生は、時間がなかっただけではないかと思う。
・あ、そうだ。日中は正式には戦争していなかったことに、この文脈なら著者は触れるべきだったね。
第六章は「現代の世界」と題して。
・インドの話。「ある被差別民は、英国領となり、キリスト教に触れて初めて、人間が平等だという思想を知った」(p257)
・アフリカでまともに民主主義が機能しているのはモーリシャスだけらしい。
・第二次世界大戦直後のアメリカの要人にはソ連シンパが多かった。
・社会主義圏のほうが覇権主義丸出しであった。
・日本の左派メディアの多くが、社会主義圏の人権問題に取り組む人に紙面を提供していないことを著者は告発しているが、これはとても正しい指摘だと、「かるめぎ通信」の読者として思う。
・ドレフュス事件の衝撃が、イスラエル建国に結びついていった。

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