年末年始、考えることがあり、4月に共産趣味に関する講演を某所で行ったら、しばらく共産趣味を休業するつもりである。キンピーブログで遊ぶ程度にしようと思っている。
こんな趣味でも、結構時間を取られるのだ。
で、何でそんなことを思い出したかというと、何の脈絡もなさそうに見えるが、年末近くの親戚の結婚式で「いつくしみ深き(讃美歌312番)」を歌ったせいかなあ、と。
この歌にはとても悲しい思い出がある。中学校の時、既に兄を事故で亡くしていた友人が、飴玉を喉に詰まらせて死んだ(正確には気管に入り込んで取れないことによる窒息だったらしい)。彼の葬儀(ミサ)で流れていたのが、この歌。この歌を聞くと、このことを強烈に思い出させられる。
こうなると、意識は中学校の時に戻ってしまう。野球がしたくて選んだ中学だが、腰がゆがんでいるために諦め、そんな頃は将来科学者になりたいと漠然と思っていて、勉強だけは真面目にしようと思った日々。そして、悪い住職に色んなことを教えてもらった高校生の頃。そんな頃の憧れは御多分に漏れずアインシュタイン。相対性理論を死ぬまでに理解したいと思ったものだ。高校物理は、当たり前だが、結論しか書いていない。E=mc^2など。
大学に入り、相対性理論のについて「物理の言葉=数学」で書かれた本を読む。分からん。一生懸命勉強しても、テンソルというものが分からない。凶変ベクトル(違)、ハンペンベクトル(ちょっと違)、なんやそれ? いつしか、興味はマルクス主義や仏教に。年末年始、そんなことを思い出していた。「ああ、俺、相対性理論を理解したいと思っていたよなあ」と。
さて、大学生の頃から時を経て。大学の流体力学で赤点を取った男が、どういう因果か流体解析を生業に。この世界、テンソルを理解できなければ、深いところが分からない。転勤してきてしばらく(10年くらい?)流体力学そのものを深く理解することを諦めてきて、流体力学を、化工屋の立場から道具として扱うことに専念してきたが、やっぱり限界を感じるようになり、去年くらいからテンソルをしっかり学びたいと思うようになった。その思いが、年末年始に強まったという次第。
さて、日本語の本を読むと、論理や式の飛躍だらけである。もう、4冊くらい購入して使っているのだが、中々。テンソルは「習うより慣れろ」だと思う。ドリル形式でガリガリ数式を弄りまくる教科書があればとてもいいと思った。ここを読んでる数学者、どうよ??
そういうわけで、題の次第。ところで、ググったらこんなのに出会った。再来週家に来るはず。楽しみだ。やっぱり英語も出来ないと、いけないよなあ。
http://www.amazon.co.jp/Schaums-Outline-Tensor-Calculus-Series/dp/0070334846/
まあ、こういう本で勉強をしようとすると、とても時間を取られるので、共産趣味に充てている時間をこちらに充てる。気づけば、今の会社に勤めるのも(会社がつぶれたりクビにならなければ)10年くらいだ。せっかく勉強するなら、早く集中的に勉強して、仕事に少しは役立てたい。
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とても役に立つ情報が寄せられたので、追記。
いい加減に書いてある本を読んではならない.
岩波書店・理工系の数学入門コースの「ベクトル解析」(戸田盛和)を読んだ後,裳華房の数学選書シリーズの「ベクトル解析」(岩堀長慶)を読むべし.
これがわかったら免許皆伝.
相対性理論は,やはり岩波書店の「物理学講義のききどころ」シリーズの「相対論的物理学のききどころ」(和田純夫)から始めて,次は,岩波全書の「相対性理論」(内山龍雄)がよい.
裳華房にも内山龍雄の「相対性理論」の本がある.160km/h級の剛速球本であるが,極めつけは
岩波講座「現代の物理学」の「一般相対性理論」(佐藤文隆・小玉英雄)である.
で。本屋さんで岩波の「ベクトル解析」と、裳華房の奴を読み比べ、後者を購入したはいいが、飛躍を感じて悩んだわけだ。そして「ドリルがあればなあ」とか思ったわけ。
佐藤文隆さんが専門家向けに書かれているのは、凄く内容がゴツそうだね。

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