TAMO2ちんの日常

思想の嵐 猛(たけ)るとも 正しき道を いざ進め 

 

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投稿者:トテトテトテ 
タマです。飼主は言います。

>ユダヤ教やキリスト教

というより西欧については「ユダヤ=キリスト教的イデオロギー」という文脈で捉えるべきだと思っています。その意味では宗教戦争の勃発と世界史の開始は一致すると言っても過言ではないでしょう。また日本では俗に「天皇制」と言われますが「天皇制」に類した形式で内戦が行なわれたことは「ない」のではなく、逆にあると考えることも可能なのではないでしょうか。例えば南北朝内乱。しかし南北朝の内乱は神器や後継者を巡ってであって「神学」を巡ってではありません。その意味では明治以前の日本神道においてイデオロギーゆえの殺し合いはなかったと言いうるとは思います。ところが明治以降は「神学の純化」という形で対外的戦時体制を構築していく流れが内ゲバを含めて準備されたのは事実でしょう。

>回収する側

と受け取れる文章なので「厳密に措定」しているように読めるのだと思います。そうじゃなくて、問題はこの「回収する側」というものが何なのか、いつも「厳密に受け取ることができない<いい加減さ>」という日本的事態について問題提起したつもりです。この点についてはフーコーの権力論を参照してもらえればと思います。つまり大量かつ高度な情報収集と世論撹乱によって無意識的に「回収する側」を事実上つくりあげてしまっているのは個々の権力者ではなく他でもない「一般大衆」だということです。

>大阪で勝負

大阪の陣は長〜いもので。一度といわずゆっくり進めてほしいなあと。飼主としましては周囲からカンパの申し出があり交通費は何とかなったのですが、今度はいきなりインフルエンザ発症というハプニング(今日)であえなく頓挫、というところ。

らしいです。トテトテトテ〜。
投稿者:TAMO2
タマ様:
とても深刻な問題提起ですね。ユダヤ教やキリスト教に「神学」はあっても、日本の神道にはそれに類するものはない問題に通じますね。あちらの一神教には「神学(=形而上学)」ゆえの殺し合いは過去何度もありましたが、日本ではありませんでした。

回収云々ですが、それは、回収する側を何か厳密に措定しているように思えます。それが可能になるならば、その回収する側は「日本的なもの」では決してないでしょうね。言い換えれば、靖国神社付属のあの愚かしい「遊就館」的な史観が、日本の総体を回収しようとしても、日本人の多くは「ええ加減な宗教観」から、拒否するでしょうね。

15日、小生の仲間が靖国神社参拝オフをします。小生は、その日、大阪で勝負の時です。

地鶏殿、気づいたら電話ください。
靖国神社も間違いなく、日本のいい加減な宗教観の産物ではあります。日本人がもう少し宗教的に厳格だったら、あんなものは成り立ちようもなかった。
にもかかわらず、そのいい加減さを許容せず、日本の近代化の過程でヨーロッパでキリスト教が担ったような絶対的地位を占めようとしたことが、悲劇の原因となったのではないでしょうか。
とすれば、今となってはそんな場所に「招魂」などされてしまった英霊には、まことにお気の毒としか言いようがありません。
その前提に立ったとしても「だからこそお参りする」「解体か位置づけの変更が必要だ」の両方の立場があり得ると思いますが、少なくとも首相や閣僚が「公人の名の下に」参拝するような場所ではないことははっきりしていると思います。
投稿者:トテトテトテ 
タマです。飼主は言います。

>それに棹さす傷こそ、靖国

焚火派GALゲー戦線さんが指摘されていますが、初読の時にも引っかかりを感じました。というのは「2016年度 国際プロレタリア大学入学試験問題」で明らかにされているように、「棹さす傷こそ、靖国」という部分の意味が、

>(いい加減な)

ままになっているのは一目瞭然だと言うほかないからです。とすれば、「それに棹さす傷こそ、靖国」という文言もまた同時に、

>(いい加減な)宗教観

へと回収されてしまうばかりではないでしょうか。

そしてそれだけでなく、GAL戦さんの指摘する「あいまいな宗教観」は一体どこに根を持ちどこへ向かうのかという、今のうちに追求・整理・整頓されておくべき問題が基本的な部分でつまずいてしまい、より一層曖昧にされてしまいかねないという二重の問題が生じてしまうのではと懸念を感じるのも事実です。

とのことです。トテトテトテ〜。
投稿者:TAMO2
快調様:
半分引退〜! って感じで行きましょうかね。

ギャル戦同志:
b です。
投稿者:焚火派GALゲー戦線
2016年度 国際プロレタリア大学入学試験問題から

[問1] 次の「」内のカウーチェックな文章の意味として最も近いものを選べ

 うむ、それも含めて日本人の(いい加減な)宗教観なのです。そして、それに「棹さす傷こそ、靖国神社だと思っています。」

a 掉さすは加担する・あるいは流れに乗るの意味である。 つまり、日本人のあいまいな宗教観を体現しているのが靖国である。
b 掉さすは抵抗する・はむかうの意味である。 つまり、日本人のあいまいな宗教観に反する(傷になっている)のが靖国神社である。
c これは、筆者がどの方面からの反発も受け流そうと敢えて上記どちらの意味とも判断しかねるように意図的にカウーチェックにしてあるので読み手には判断できない。
こういう、自覚のある極右と極左が混在する空間って、居心地がいいですねえ。これぞマルチチュードのための場所。同様の議論をBLOGOSなどでやろうものなら、絶対に議論がかみあいません。というわけで、共産趣味をやめるなどと言わずに、せめて問題提起と議論の場の提供だけは続けてほしいのですが。
投稿者:TAMO2
地鶏様:
東京の知人には、小生が子供の頃、大念仏寺で遊んでいたように、靖国神社で遊んでいた方がいます。昭和30年代まではひっそりと静かなところだったとのことです。そういうのに戻って欲しい、と。

諧調様:
そうですね。靖国神社の本質を一言で言うと、「近代日本の傷」です。だからこそ、後世の日本人はそれを看なければなりません。

ギャル戦同志:
うむ、それも含めて日本人の(いい加減な)宗教観なのです。そして、それに棹さす傷こそ、靖国神社だと思っています。
投稿者:焚火派GALゲー戦線
 連投失礼
 亀井静香老国士(無論、当戦線とは思想を異にするが)の発言内容をリンクしておきます。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=281354&g=122204
投稿者:焚火派GALゲー戦線
>だが、日本人の主流の発想は違う。「死ねば、神様・仏様」である。石川五右衛門がヒーローの国だ。「悪」とは、「力」の代名詞。罪は生きている間のこと。それでも落ちないカルマは、死後の地獄で贖うことになっている。だから、生前に何をしていようが、死後まで責任を問うという発想は、「歴史的評価」にゆだねることはあるにせよ、いつまでも糾弾しない。水に流すのだ。


 そうですか? あの神社には戊辰戦争の旧幕府兵(彰義隊や榎本軍など)や会津藩などの朝敵や西郷隆盛ら「士族反乱」の戦死者は祀られていませんがね。 亀井静香でさえ、それを指摘してますが。(もっとも、「余計なお世話」という当該の子孫からの反論もあったらしいが)
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