『リベラルを潰せ 世界を覆う保守ネットワークの正体』(金子夏樹著、新潮新書=797)
ロシアのプーチンががアメリカのトランプの選挙を支援していたという話がある。中東政策などで対立しそうなプーチンとトランプだが、実は共通のイデオロギーがある。宗教保守である。これはまた表では対立しているイスラム教保守派とも結びついている。彼らはリベラル化する世界に対する異議申し立てをしている。一神教の宗教を原理主義的に突き詰めると、掃滅戦しかないはずだが、リベラル化する社会に対抗するには、ある意味表のイデオロギーを超えて共通の目的のために団結している、というわけだ。
これらの動きは、ソ連崩壊後に出てきたというのも興味深い。また、マイノリティーの権利擁護ばかり言い募リつつ、実質的にはリベラルが本当の意味での社会的弱者を救わず、ネオリベ思想を内包(というか、リベラルを一部純化したのがネオリベだ)しているゆえに、現在の弱肉強食の資本主義を肯定しているベラル仕草=お金持ちの道楽に下層労働者は見えていて、彼らはトランプを応援したのは衆知のところ。
あとがきに著者は書く。長いが大事なところなので引用しておこう。
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本書はリベラル派への警鐘でもある。
保守反動の台頭を許したのは、リベラル派に巣食う問題があるからだ。
アメリカの政治学者、マーク・リラはリベラル派が人種、性別、性的指向、階級、年齢などそれぞれのアイデンティティを重視するようになった結果、市民として同じ社会を共有する意識を失ってしまったと嘆く。多様性や個人の尊重という美名のもと、人々は社会全体のことよりも、みずからが所属するアイデンティティの権利を声高に唱えるようになった。リベラル派は小さなグループに細分化し、過激な個人主義がはびこる懸念はいつになく高まっている。
(p243)
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ただ左翼思想の洗礼を受けた者としては、「リベラルなんてこんなもの」と思う。多様性を言うならば、サイレントマジョリティーにも敬意を払うべきではないか、と。リベラルには期待せず、労働者階級という(今のところは)サイレントマジョリティーに依拠しようとする左翼に小生が期待する所以である。とはいえ、世界的に一見わかりにくい状況を分析した著者には大いに敬意を表する。
というわけで、いつもどおり言葉の列挙を。
プッシー・ライオット。「聖母マリア様、プーチンを追い出して」「ゲイ・プライドは鎖につながれ、シベリアへ送られた」。歌ったために彼女たちは禁錮2年。プーチンの意向による判決を熱烈に支持したのが「エバンジェリカル(福音派)」と呼ばれるアメリカのキリスト教右派。アメリカの有権者の25%の最大の宗教勢力。ここの論客はパトリック・ブキャナン。トランプの政治哲学に大きな影響を与えている。トランプはプーチン好き。どちらも反リベラル。リベラルは進歩主義、保守主義は懐疑主義。起源はフランス革命での恐怖政治にある。「革命家はほかの人々には見えない輝ける栄光を見て興奮する。反動家は過去に栄光を見て興奮する」(マーク・リラ『難破する精神』)。キリスト教だけじゃなく、イスラム教もつながっている。
アメリカのイリノイ州に本拠を構える世界家族会議は「憎しみを世界に輸出する団体」と人権団体に言われている。プーチン支持。ジョージ・ブッシュが挨拶し、ブダペストでの総会はハンガリー政府が全面支援した。ビクトル・オルバン首相が開幕挨拶。2015年の難民危機のときは国境沿いにフェンスを作り「キリスト教文化を守るため、イスラム過激派の侵入を防ぐ」とうそぶく。憲法において同性カップルは保護の対象から外す。男女の夫婦と三人の子どもたちが彼らのいう「伝統的な家族観」。このNGOの起源は1994年、ロシアの社会学者であるアナトリー・アントノフがアメリカの社会学者であるアラン・カールソンに送った手紙にある。アントノフはソ連崩壊後の自由主義に幻滅し、カールソンは米国でのモラル低下が人口減につながると案じていた。1995年1月に彼らは出会い、意気投合。1997年にプラハで第一回総会。約40ヶ国から700人が集まる。大事な主張はこれかな。「家族は社会の最も重要な構成単位で、政府や国際組織などほかのあらゆる組織よりも優先する」。多くのプロテスタントが世俗と妥協していったが、福音派は「聖書に書かれていることは一字一句真実である」とする。結果、進化論否定、レビ記に依拠して「同性愛者は殺されなければならない」、同性愛者の養子縁組に反対し、堕胎にも反対。カールソンによると、産業革命こそが家族の破壊の淵源。それまで家族は生産、娯楽、祈祷の場だった。(分からないでもない、というか共感するところ大) 自己実現とやらにとって子供は重荷となり、欲しがられなくなる。子供は資産から負債へ。カールソンが共同体の伝統的なつながりを取り戻せというのは分かるが、しかし、学校に通わせずにホームスクーリングってのはよく分からん。パトリック・ブキャナンは「人々は(コミュニティーごとに)分離していくに違いない」と警告する。かくしてカトリック、東方正教、ユダヤ教、イスラム教が「家族を守る」という目的で連帯する。注意すべきは、同性愛者への差別に反対しているが、同性婚などの根っこにあるリベラル思想に反対しているところ。ベトナム反戦運動の頃から性解放、フェミニズムが活躍し、福音派は敗北と感じていた。を、2003年まで同性愛行為は犯罪だったんだな。多様な性、家族観という流れを決定的にしたのはオバマ大統領。後押ししたのはマドンナ。2015年には同性婚を連邦最高裁が認める。ジェイムズ・オバーゲフェルとジョン・アーサーという同性愛カップルの物語。福音派が店主の店でのウェディングケーキは店主側の主張が認められた。
ロシア正教会の家族問題担当局にいるアレクセイ・コモフ。彼に言わせると現代ロシアは伝統的な価値観を守る世界のリーダーとのこと。オルバンにせよ、彼にせよ若い頃は自由な西欧に憧れたが、幻滅している。コモフは不動産業やコンサル業をやっていたが、リーマンショックでビジネスのみに時間を費やすことに虚しさを感じた。そんな時にロシア正教会のドミトリー・スミルノフに出会う。スミルノフはリベラル思想を「悪魔の考え」と呼ぶ。コモフは語学力でアメリカの宗教右派とロシア正教を繋ぐ。ウクライナを巡り政治的には対立する米ロだが、反リベラルという点で手を結ぶ。宗教保守ネットワークは、自国だけを舞台にしない。裁判所が同性婚を認めたバミューダで街頭デモを打ち、議会は禁止方針に転じた。世界家族会議はサミットの詳細な手引書を有する。近年はアフリカや中南米に目を向けている。彼らによれば、アフリカのリベラル化は植民地化らしい。ターゲットは、G20で阿倍野で食事をしたカナダのトルドー首相w フランコ将軍の子孫であるイグナシオ・アルスアガ氏はシチズン・ゴーを設立し、「フリー・スピーチバス(リベラル曰くヘイト・バス)」を走らせる。アメリカではリベラルが投石したらしい。資金の多くは一般市民で、スペインとポーランドが多いとのこと。「ケーキ論争」ではADFという弁護士集団が活躍。専門家集団がいるNGOは強い。ただ「聖書に誤りはなく、厳然たる神の言葉と信じる」という声明を支持するなら、今の法体系と己の内面とどう整合性を取っているのか興味があるw ともあれ、トランプ政権で影響力が増えている。また、ADFインターナショナルは50ヶ国に進出している。ルーマニアのメンバー(アディルナ・ボルトー弁護士)は改憲運動をしている。ボルトーが重視するのは国際裁判所。欧州人権裁判所では勝率8割。モルモン教徒として宗教保守活動家となったスレーターは、LGBTはセラピーで「治療」できるという。彼女は国連で保守勢力のネットワークを作っている(国連人権理事会)。「様々な形の家族が存在する」という文言を、家族の保護を求める決議から削除させた。スレータの率いるファミリー・ウォッチ・インターナショナルはロシアが主力のGoFFと緊密な関係にある。LGBTを励ました潘基文の退任時、LGBTの権利拡大に関する文言をロシアは削除した。かくして「世界反動の総本山」(マルクスだったか)としてのロシアは復活したわけだ。
ギリシャのアトス山は東方正教会の聖地で、マリア様のベルトがある。アトス山は女人禁制で、EUが女性の権利に反すると批判している。プーチンはアトス山に資金援助している。狙いは保守層へのアピール、東欧・ギリシャという正教圏への接近。ロゴスを重視するカトリックに対し、霊性を重視する正教会。さて。2000年代のロシアは原油高で経済成長し中間層が大きくなった。だが、その後の不景気で中間層は自由を求めてプーチン批判を始めたが、プーチンには裏切りと見えたろう。プーチンは国会意識の喪失が、ロシア帝国やソ連の崩壊の理由とみている。(当然、国家意識を喪失させた理由はそもそも自由がなかったからなのだが。)リベラルにも依拠していたプーチンは、保守派に依拠することとした。リベラルは「神への信仰とサタンへの信仰を同列においている」と言う。そんなロシアは「神への不敬を罰する法」「(通称)ゲイ・プロパガンダ法(LGBTの権利の主張を制限する法律)」「国外の同性婚カップルがロシアの子どもを養子として引き取ることを禁じる法律」「(通称)平手打ち法(DVの刑罰を軽減する法改正)」を通す。そして「「宗教文化と倫理の基礎」必修科目化」する。最後はスミルノフが主導。ロシアの政界ではエレーナ・ミズリーナがキーパーソン。「宗教裁判官」の異名。ただかつてはリベラル政党「ヤブロコ」に所属、リベラルの退潮で離党し、「公正ロシア」から出馬。「道徳を重んじる価値観を優先する社会の雰囲気作り」により人口増加を狙ってるようだ。子沢山の家庭を優遇する。財界のキーパーソンはロシア鉄道の社長だったウラジミル・ヤクーニン。プーチンの側近。ロシア正教に根ざすロシア文明の守護に腐心。妊婦を支え、堕胎を思いとどまらせる活動を。「プーチンは低所得者へのさらなる子育て支援策や住宅ローンの低利融資を表明した。」(p87) モスクワのキリル総主教はホームレスと共にクリスマスを過ごし「イエス・キリストもまたホームレス」と話しかける。社会支援を無視したかつての正教会がロシア革命を招いたと考える。キリル就任後、社会問題に熱心になる。凄く真っ当だ。少年時代不遇だったキリルは弱者に寄り添う。ここは今どきのリベラルが学ばなければならないだろう。ロシアで正教会の影響力は増し、毎週のように教会が建つ。「戦闘的無神論協会」が宗教破壊に手を染めていたソ連時代だが、信仰を根絶やしに出来なかった(スターリンは信仰を利用したがw)。象徴は救世主ハリストス大聖堂の再建である。ただ、キリルはじめ高位聖職者は贅沢と汚職の噂が絶えない。ソ連崩壊後は自由が席巻した。良い面もあったが、国有財産は旧共産党官僚に握られ、一部の者だけが豊かになり、多くは貧困に陥った。一般庶民は「欧米にだまされた」と感じた。政府も庶民も正教会にすがるようになった。一方、ソ連崩壊直後の正教会は海外の宗教、すなわちプロテスタント、オウム真理教などの進出に直面した。正教会は財政支援を含む政府の庇護を求めた。1997年、恐らくはオウム対策と思うが、「ロシア正教やイスラム教、ユダヤ教などロシア社会の伝統的な宗教に特別な地位を与える法律が成立した。」(p94) プーチン登場後、リベラルは迫害を受ける。典型的なのはユーコスの社長であったホドルコフスキーで、脱税容疑で懲役8年となる。なお、スラブ系とイスラム系の対立はある。チェチェン問題もある。スラブ民族主義はロシアの内部分裂の火種。レーニンの祖国でプーチンは言う。「あらゆる政治家たちが悪名高い民族自決というスローガンのもとに戦ってきました。しかしロシアの人々は、とっくの昔に進むべき道を決めています。ロシア文化を中心とする多民族社会を築くという道です。ロシアの人々は1000年の歴史のなかでーー住民投票や国民投票ではなく、血によってーー何度もこの道が正しいことを証明してきました」(p98) それを束ねるイデオロギーこそ、反リベラリズムである。
ビリー・グラハム(福音派)の死を悼むキリル総主教。ビリー・グラハムは「プロテスタントの法王」とも呼ばれ、歴代のアメリカ大統領に影響を与えた。ブッシュ、クリントン、トランプ。彼の死後、ロシアとの繋がりは息子に引き継がれている。彼らは間接的にロシアによる各種介入を支えている。クレムリンにはニコライ1世の肖像画がある。「正教、専制、国民性」を帝国ロシアのスローガンに掲げた反動。イスタンブールを中心に正教徒の帝国を夢想。そして起きたのがクリミア戦争。セルビアはロシアの支援を受けていた。今は世界家族会議の支援を受けた政党「Dveri」が議席を獲得。EU加盟を目指すセルビアの政権与党をロシアはDveriの支援を通じて牽制する。ソフトパワーの定義:国が自国の文化やイデオロギーを喧伝することにより「自らが求めるものを他国も求めるように仕向ける力」(by ジョセフ・ナイ)。今は世の中の変化が激しいので、人々はより慎重になり、保守主義が求められている。保護主義のリーダーとしてのロシア。同性婚を否定する人のほうが実は世界の多数派。「3人以上の子どもを産み育てていただきたい」と言って日本の政治家は謝罪に追い込まれたが、保守的な正教国では守るべき伝統。グローバル化する世界において、中東欧では安定をもたらす強い指導者が求められている。リベラルの欺瞞が顕になるにつれ、ロシアの求心力が高まる。そもそもは欧米流リベラリズムに理解を示していたプーチンだが、NATOの拡大でロシアは軍事的脅威を覚える。地政学の権威、ジョージ・ケナンは警告していたが。ネオコンは根っこにリベラリズムがある。ネオコンのブッシュ政権は「体制転換を外から押し付けることもいとわ」なかった。ジョージ・ソロスが財政支援し、それがウクライナやグルジアの民主化に使われた。プーチンは2007年のミュンヘン安保会議前に「もうたくさんだ」と側近に語り、反撃に出る。2008年、グルジア政府が南オセチアの支配を貫徹しようと攻撃に出ると、ロシアとグルジアは軍事衝突に至る。2014年にはウクライナにおいて「ロシア系住民の保護」の名でロシアは軍事介入する。背景は複雑だが、一つには正教会の価値観の保護があろう。対立する米露だが、2017年5月の世界家族会議にはアメリカのマイク・ペンス副大統領が姿を見せた。キリスト教徒の保護ということで、シリアにおけるイスラム過激派の根絶を訴える。その一方、米露の橋渡しが意図される。キリスト教徒の保護で米露は非公式に一致する。1982年、ビリー・グラハムは「神が自分をソ連につかわす」として、プロパガンダに利用されることを懸念する周囲の反対を押し切りソ連に行く。それからグラハムは正教会との関係を深める。今は息子フランクリンが活動を引き継いでいる。かつては無神論の共産主義が最大の敵だったが、今はリベラル派の世俗主義がキリスト教の敵であるとフランクリンは言う。フランクリンのモスクワ訪問がロシア軍のシリア空爆の時期と一致したのは偶然だろうか。フランクリンはロシアによるシリア空爆を支持した。政治の世界では米露は激しく対立しているが。ウクライナの西部はWW2までロシアに支配されたことはない(オーストリア・ハンガリー帝国の一部など)。カトリックも多い。一方東ウクライナは主言語がロシア語など、ロシアと関係が深い。国内に「断層線」(ハンチントン)があるのだ。泥沼の内戦は今に続く。そんなウクライナに小モフが来て、欧米=リベラルの脅威を説いてまわった。支援したのは正教オリガリヒと呼ばれるコンスタンチン・マロフェエフ。通信、メディア、不動産などのファンド運営者。固定電話ロステレコムの大株主。帝政ロシアを理想とする人物。ロシア政権とも親密で、戦費調達もする。欧米は制裁対象としている。なお、ウクライナはロシアの源流、キエフ・ルーシの土地であり、クリミア半島はウラジミル大公が洗礼を受けた土地であり、要はロシアにとって大切な場所である。ウクライナ正教会がモスクワから独立すれば、旧ソ連諸国の諸民族の教会が独立を模索するだろう。ロシアの分裂を意味する。ロシアの保守ネットワークは世界にも向けられ、受け皿は極右のみならず極左にもある。反リベラルという共通点がある。イタリアの「同盟」、フランスの「国民戦線」。彼らはロシア保守派の動きに同調する。
ジョージ・ソロスは経済の自然な流れが読める男。英ポンドの無理のある買い支えに対し売り浴びせをして財をなした伝説の投資(投機)家。一方慈善家であり社会運動家でもある。価値観はリベラル。オープンソサエティーを世界に広げる。140億ドルは使っているらしい。標榜するのは「国境なき政治家」。世界中の保守反動に目の敵にされている。ソロスの故国であるハンガリーでは与党がソロス攻撃のキャンペーンをしている。ナチス時代、ユダヤ人のソロスは身分を隠し、家族と別れて暮らす(リスク分散だ)。ドイツ敗北後、ソ連が進駐。初期は宝石売買の闇取引にのめり込むなど刺激的で面白かったようだが、ソ連はハンガリーを支配し、面白くなくなり父親に国を出たいと訴え、イギリスへ。少年時代に全体主義や民族主義が人類に災厄を齎すと痛感しただろう。そして筋金入りのリベラルに共感したと思われる。旧ソ連末期から共産圏の民主化を後押し。ハンガリーでは50を超えるリベラル系NGOに資金提供、ソロス財団の拠点とする。ハンガリーの民主化をスムーズに実行することに貢献。オルバン大統領はソロス財団のお金でオックスフォード大学に留学した。かつてソロスを「政治の父」と慕ったオルバンはだが、権力獲得のため保守路線にシフトする。国益優先、国内締付。シリア難民問題では「ソロス・プラン」と難民を支援するソロスを批判する。フェイクニュースをオルバンは使っているようだ。政府傘下のメディアはオルバンの主張を垂れ流し、ソロス財団は締め付けられる。今や難民支援は国内法で犯罪とされる有様。ソロス財産はハンガリーから撤退することになった。ソロスはこの反動の本丸をロシアと見、「マフィア国家」と名付ける。プーチンはグルジアやウクライナの反政府デモの背後にソロスがいて、内政干渉であると非難する。しかし人権と民主を内政干渉というのは今や許されないだろう。だが、プーチンは民主化NGOを「外国の手先」と決めつける。ソロスは間接的にロシア民主化支援をすることに切り替えたようだ。ハンガリー動乱の頃、ソロスはウォール街で必死で働き、学資を貯めていた。哲学をやるためである。だがマーケットの仕事は魅力的で、株式投資において途切れることのない成功を重ねる。アメリカン・ドリームを体現したが、トランプ支持層は彼を攻撃する。ブラウンは「胡散臭い資産家」とこき下ろし、「世界家族会議はソロスの主要な敵として立ちはだかる」と言う。アイルランドは人工中絶を巡り世界家族会議とソロス財団の代理戦争の場となる。結果は2018年、ソロス側の勝利(中絶合法化)である。一方、ソロスは「開かれた社会は永続的な個人関係をむしばむ傾向」があると認め、「伝統的な社会では名誉、家族(略)が永続的な個人関係の基盤となっているが、こうした絆は完璧な変化が可能な社会には適していない」(p160)と決めつけるネオリベとしての面を持っていることも見ておきたい。というか、ネオリベはリベラリズムの極北だと小生は思う。アメリカの保守派は小国マケドニアにリベラルが内政干渉しているとティラーソン国務長官に訴え、ソロスを支援している政策の変更を訴えた。しかしまあ、リベラル側の内部文書も酷いわ。「シンボルとなる敵を作れば、市民運動は共通の敵を倒す目的で団結する」「嘲りはもっとも強力な武器となる」(p163) しばき隊かよ。でも「非暴力」なんだよな。ここでターゲットとなったのはマケドニア。マケドニアの保守派は対抗して、ソロスを黒幕として描き、アメリカの極右ニュースサイトにメンバーが出演したり、ワシントンで保守系議員に接近。「(ソロスが)みずからの過激な政策を実現するためにマケドニアを支配下に置こうとしている」(p165)。ソロス財団側はデマに過ぎないと一蹴。マケドニアが独立して間もない1992年にソロスはこの地を旅し、多くの民族に寛容な新政権に共感し、支援を決めた。医療、法律サービス、教育を支えた。ソロスに言わせれば、福音派は寛容を忘れている。んで。グローバルな市場は機能不全に陥りつつあり、リベラルな政治体制に倦み疲れた市民は権威主義的な政府を生み出していると言えよう。
トランプ大統領選勝利について、「ロシアとプーチン大統領にとって、最も重要な勝利」とロシアの保守反動のユーラシア主義のイデオローグであるアレクサンドル・ドゥーギンは宣言した。彼は「現代のラスプーチン」とも称される。アメリカの盟友はスティーブ・バノン。アメリカン・ファーストの政策立案者。トランプ就任3日後の仕事は人工中絶を支援するNGOへの助成金を一部停止する命令であった。元々はレーガンが導入。中絶の相談さえ禁じたから「地球規模の箝口令」と言われた。寛容の時代の終焉である。次に国連の国連人口基金(UNFPA)への資金供出を停止する。次に出生時の性別でのトイレ使用を義務付けた。軍からトランスジェンダーを排除。福音派は歓迎するが、トランプの振る舞い(ポルノ女優とのスキャンダルなど)は福音派の倫理に悖るのではないか。福音派はトランプのそういう面に嫌悪感を持つが、大事なのは政策であり、その面で支持する。また、トランプ支持者は所得の減少や貧富の格差ではなく、自らの文化が壊される恐怖感からトランプを支持する。「リベラル派の推し進めた文化の転換に対する、精神的な怒りが大きい」(p176) 日本でもよく言われるが、リベラルってのはエリート層の「仕草」なのだ。それへの反発が庶民の「静かな反動革命」を引き起こした。この革命を手動するのはマイク・ペンス。元々カトリックだったペンスは、その堅苦しさや儀式に満たされぬ思いを持ち、イエスと直接結ばれるという擬制のプロテスタントの福音派に惹かれる。「キリスト教徒、保守派、そして共和党員」。ペンスが副大統領として始めたのが「聖書の勉強会」。そこでは「神にとって同性婚は違法」などと語られる。トランプは事後に報告を受けている。さて。プーチンは言う。「ロシアでは死ぬことが親友や母国のためになるのであれば、素晴らしい行為です。(中略)我々はほかの民族に比べて実用主義とか計算高さでは劣ります。しかし我々は彼らより大きな心を持っています。わが民族は無限の寛容な精神を持っているのです」(p186) 汎スラブ主義全開と思うが、著者は「ユーラシア主義」という。源流はロシア革命で西欧に逃れた知識人。共産主義を憎むが、同時に西欧リベラリズムに幻滅し、ロシア独自の伝統と歴史に注目して生まれる(って、そもそもあるんだが)。面白いのはリベラル派が否定する「タタールの軛」を、ロシアの独自性を作った要因として肯定していること。今、この思想を代表するのはドゥーギン。1980年の青年時代に硬直した共産主義に反発し、神秘主義(ロシアらしいw)やファシズム(何故?)に傾斜、ソ連に「危険分子」と見なされる。ペレストロイカ以後、発言可能となり、1990年代から政治運動に参加。1997年の『地政学の基礎』がベストセラーになり、影響力を発揮し保守派とパイプが出来る。ドゥーギンによると、海洋国家(シーパワー)は自由の精神を育み、大陸国家(ランドパワー)は土地に縛られて保守主義(歴史、伝統、規律)となる。シーパワーは対外拡張的であり、ランドパワーは対抗するために自らの帝国を必要とするとドゥーギンは言う。アメリカを「西回りの共産主義(リベラリズム)」と言い、ソ連を「東廻りの共産主義(マルクス・レーニン主義)」と言ったのは西部邁だったが、ドゥーギンはどちらも同じ穴の狢と否定する。ドゥーギンは個人主義を見せかけの自由と捉え、個人を超越しないと真の自由は得られないとする。著者は「ファシズムの亡霊」と言うが、共産趣味者としてはエンゲルスの自由論を参考にすると「マルクス主義の亡霊」に見える。まあ、アレントにとってはどちらも全体主義か。とまれ。ドゥーギンが朝日新聞に答えたインタビューは興味深い。
「ロシアの社会には『人々共通の利益』という考え方があります。それは全てに勝り、常に個人の利益よりも優先されます。(中略)人々は将来のために喜んで今を耐える。永遠の利益があるなら、永遠に耐えることすらいとわない。そして、人々は、共通の利益を保証してくれる指導者には、その引き換えに、ほとんど『非合理的』としか言えないほどの信頼を注ぐのです。」(p192)
まさにスターリンを支えた素朴なムジークの精神ではないか。プーチン時代の2008年、ドゥーギンはモスクワ大学の教授、保守思想研究センターの所長となり、国営テレビのコメンテーターとなり、彼の思想を普及するようになり、ロシア政治に影響を与える。プーチンとしてはユーラシア思想は国家統治と対外政策に「使える」と判断した。反リベラル故にイスラム諸国と親和性が高い。「欧米社会は完璧な姿からはほど遠く、むしろ罪に覆い尽くされている」(ルーキン)という言葉は、ホームグロウンテロリストとなったムスリムと被る。反近代的ではあるが、近代は多くの「善きもの」を捨ててきたからなあ。ともあれ、保守派は道徳の喪失を嘆き、それこそが強欲資本主義の暴走をもたらしたと考える。グローバルでリベラルなエリートが世界を牛耳っている、と。彼らは彼らだけで閉じた世界を作っている。バノンは「ダボス一派」と呼ぶ。なお、バノンはイスラムが怖いらしい。伝統主義はファシズムの源流でもあるが、そもそもはギリシャの合理主義に対する反動である。バノンにより、ドゥーギンはユリウス・エヴォラに例えられている。ムッソリーニのイデオローグだな。バノンはインド哲学の循環論に傾倒していたらしい。
FOXの敏腕プロデューサーであったジャック・ハニックは2011年の退社後ロシアの反動派と共に保守系テレビをモスクワに設立。保守派はテレビと映画を重視し、ハリウッドを糾弾する。ハニックは「テレビが腐っていく」と言い、「性の革命」が始まった1960年代末から70年代にかけてのことと言う。代表作は「アメリカン・ファミリー」。リアリティーショーの先駆けだが、夫婦は離婚調停中で、長男はゲイ。「崩壊した家族」の典型となった。今は同性愛などをテーマとする作品で溢れているそうだが、それはハニックの言うように「同性婚を理想化」しているのかなあ? なお、テレビのプロパガンダには「力強いメッセージ」「みずからの心情と感情に基づいて自由に話す司会者」「視聴者の先入観を裏切るような番組作り」の三つの要素が重要、という指摘は面白い。感化されたのか、コモフは「ツァーリグラード(皇帝の都市)」というテレビ局を作る。資金はマロフェエフから。ハニックとコモフはギリシャに「ヘラス・ネット」というインターネット・テレビ局を作る。バルカンをターゲットにしているようだ。映画「美女と野獣」には多様な性が描かれていて、LBGTを思わせるシーンは僅かだったが、ロシアでは上映差し止めを求める運動が盛り上がった。「ゲイ・プロパガンダ法」を適用せよ、と。で。R16の映画となった。なお、ムスリムの多いマレーシアはそのシーンの削除を求めた。ディズニーは公開を延期した。これも対象年齢の引き上げで妥協。他にも「パワーレンジャー」でも騒動。こちらはQだ。反リベラルの映画人もいる。テッド・バウアー。両親はハリウッド俳優の芸能一家の一員。父はカウボーイ役のスターとして活躍。母の死をきっかけに聖書を読み、教会に行き心に平安を得る。保守的なキリスト教の価値観=伝統的な家族観で映画を評価している。そこでメル・ギブソンの「パッション」や、「ボス・ベイビー」を評価。ロシアでは「マチルダ」(ニコライ二世の恋物語)が騒動の種となった。監督の事務所ビルに火炎瓶が投げ込まれたり。美しすぎる検事総長(ナタリア・ポクロンスカヤ)に検閲を求める声が集まる。この声にはムスリムの声も含まれる。結局は上映が認められたが。
日本ではLGBT向けの商品やサービスには6兆円の市場(の潜在力?)があるらしい。日本には衆道の歴史があり、性的少数者への風当たりはセム教圏よりは少ないと思われるが、家族観はまちまちで、対立の芽が目立ちだしている。同性婚の法制化を目指す「EMA日本」の寺田和弘理事長は、デンマークの同性パートナーシップの法制度に出会い、渋谷区の「パートナーシップ証明書」の条例化に携わった。東京五輪までに同性婚の合法化を目指している。国民民主党の玉木氏は憲法の「両性の合意」を「両者の合意」に明文化すべきと言い、立憲民主党は憲法は同性婚を禁じていないと判断している。これらの動きのカウンターとしては杉田水脈氏の「新潮45」掲載文がある。論争はずれまくるのは、今時のリベサヨのやり口であり、杉田氏に同情を禁じ得ない。(大衆がリベサヨを軽蔑するのは当然だと思う。)その上で、杉田氏の主張は人口再生産に絞られすぎている感じはある。そして、「LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか」という論理の組み立てには違和感がある。日本の保守派は、子供達のためにどれだけ税金を使う用意があるのだろうか。そこが、日本の保守が、この本で取り上げられている世界の保守派よりも駄目だと思うところである。日本政策研究センターの小坂実氏の分析である「少子化は行き過ぎた個人主義のせい」というのは、失当である。余りにも無責任だ。まあ、日本の場合、リベラルのみならず、保守も無責任なんだよなあ。人間の再生産=育児に掛かるコストを90年代から削ってきた、あるいは負担を家計に乗せてきたのは、歴代自民党保守政権ではないのかね? 1965年生まれで、政治的な意味合いで早熟だった小生はそう判断している。憲法に家族の尊重などを織り込んでも、具体的な行動には繋がらず、余計に国民に負担を押しつけることになるだろう。自民党の改憲案は総じてうんこ未満である。お隣台湾でも、同性愛に関する教育が保守派のターゲットになっている。ヒューマン・ライツ・ウォッチと世界家族会議の代理戦争の様相のようだ。
でだなあ。リベラルの欺瞞vs保守派の針小棒大の争いという気がかなりした。ただ、世界の保守派が子育てに真剣なのにたいして、日本の保守派はそうじゃないというところも見えてきた。

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