『父が娘に語る経済の話。 美しく壮大で、とんでもなくわかりやすい』(ヤニス・バルファキス著)
副題に偽りなし。著者は、ギリシャの経済危機の時、緊縮を求めるEUに抵抗したことで有名。彼は、小生がマルクス経済学(批判)と格闘することで理解したことを、易々と文章にして娘のために説明する。労働価値説、交換価値説、使用価値(経験価値)、貨幣、市場、歴史、金融、信用(創造)、技術革新(機械)、ビットコイン、環境問題など。だが、肝心なのは政治と経済は分けられず、市場経済は民主主義的規制がされないと環境を破壊するということ。
ブルジョアリベラリズムは国家を必要とし、命令するくせに負担は逃れようとすることを見事に描き出している。
竹中平蔵などのような人間たちのペテンと欺瞞を暴露しているし、世界中の人が広くこの本を読み、理解すれば世界は少しはましになるかもしれない。この本は、経済の話であり、同時に経済学批判の話である。
それではいつも通り、気になったことなどを。
・主な参考文献の題を羅列。『銃・病原菌・鉄』『ファウスト』あるいは『フォースタ博士の悲劇』、『怒りの葡萄』、『オイディプス王』、『フランケンシュタイン』、映画『マトリックス』、映画『スタートレック』
・イギリスがオーストラリアを侵略し、アボリジニがイギリスを侵略しなかった理由。地政学的要因。
・かつて市場はあっても経済はなかった。8万2千年前に生まれた言語と1万2千年前に生まれた農業が革命的で、農業は余剰をもたらした。
・余剰の管理のために文字と貨幣が生まれた。経済の発生とともに仮想通貨が生まれた。台帳に記された文字がそれ。
・貨幣は国家暴力の結晶。実体ならしめるには官僚、軍隊、宗教(イデオロギー)が必要。構成員がそれを是とするときにのみ成立する。いずれも支配のための道具。
・農耕社会は灌漑などで技術と統制が必要であった。共同倉庫はウイルスの宝庫?でもあり疫病が蔓延。だが人間に耐性が出来た。その人間が、ウイルスとともにオーストラリアなどに渡ると、疫病で先住民を殺した。毛布にウイルスを刷り込んでプレゼントして殺すなどする人もいた。
・アボリジニは農耕をせずとも暮らせた。そこに農耕=文明=ウイルスというイギリス人が入りこんで来た。農耕が可能だったイギリス。
・アフリカにはほとんど農業は広がらなかった。農耕可能な土地が限られ、孤立していたからだ。(まったくなかったわけではない)
・農耕は管理者を支配者とし、格差を可能にした。すべての経済矛盾はここに始まる。だがそれは、封建時代までは限られたものであった。
・「グッズ(いいこと)」と「商品(コモディティ)」の差異。「経験価値」と「交換価値」。
・血液を有償にすると、献血量が減る。献血者は経験価値を求め、それが交換価値にされるならば「しらける」。
・エコノミー=オイコノミア=オイコス(家庭)+ノモイ(法律、ルール、制約)であり、エコノミーは元々家庭内の労働分担を表現するもの。
・今の経済は「アゴラノミー(市場の法則)」とでも言うべきもの。助け合いとか、日本語の「経世済民」という意味はない。
・古代ギリシャ人は名誉などの体験価値で動いた。市場価値で動かない。
・生産の3要素。「生産手段(資本財)」「土地(空間)」「労働者」。それらすべてが交換価値で測られるのが現在の資本主義社会。
・国際市場が出来た時に、農奴に畑を耕させるよりも羊を飼った方が儲かると思った領主が農奴を農園から追放。全ての農奴が商人となり、自らの労働力を切り売り始めた。それが産業革命の本質。
・イギリスの領主は自らの軍隊を持っていなかったが(中国の皇帝や他の欧州の領主は持っていた)、農奴が追放に抵抗したら国王の軍隊の助力を得られた。土地の所有権がある程度集中していたので、少数の領主が同意したら農奴を追い出せた。
・農奴はマルクスの言う二重の意味で「自由」になった。『資本論』第一巻、第十章『労働日』の世界。膏血を滴らせて資本主義は生まれた。
・「私の行く場所が地獄なのだ」(メフィストフェレス)。契約と利子。メフィストは利子回収者。起業家は莫大な元手が必要。それは借金で利子が必要。それが経済の潤滑油。競争に勝つには借金するしかないが、勝つという保証はない。貴族のための法体系は起業家に不利だった。歴史的に見て、テクノロジーは高い。成功した大金持ちは借金をしての賭けに勝った。フォースタス氏は悪魔に魂を奪われるが、ファウストは救われる。これは、利子に対する世間の考えが変わったことを示す。これは、『クリスマス・キャロル』のスクルージ(借金をせずため込むだけ)を裏返したもの。
・プロテスタントの教義はキリスト教の変わりよう(歪曲)を示す。「利子付きの借金は神の計画の一部」と。
・経済循環が止まることは、生態系で言う「砂漠化」。とてつもない貧困や窮状をもたらす。『怒りの葡萄』に詳しい。
・循環不能は金融の不全。経済の正のフィードバックが働くせい。未来が明るいとバブル、暗いと恐慌。心理学とも関係。いや、ゲームの理論(ルソーが言う「鹿狩りの寓話」)で示されるゲーム。
・銀行の信用創造機能(どこからともなくお金を生みだす;お鍋の底からぼわっと、インチキおじさん登場、だなw)が拍車を掛ける。債権の分割リセール(サブプライムローンもこれの一つ)で銀行はリスクを負わなくなった。
・経済が好調の時、銀行は「お鍋の底からぼわっと」という魔法を使いたがり、国家の規制を疎ましく思う。だがそんなバブリーは続かない。「貨幣を求めて雄鶏は啼く(マルクス)」。銀行が危ないという噂だけで銀行はつぶれ、恐慌が起きる。誰も借金を返せない。負のリサイクル。そして、銀行は、好景気の時にののしっていた国家に救済を依頼する。中央銀行だ。ここも「ぼわっと」お金を出す。かつては金本位制だったが、経済規模拡大に対応してその規制はもうない。銀行だけじゃなく預金者も救済して、信用不安を打ち消す国家。
・銀行と国家は持ちつ持たれつなので、お互いあまり強く言えない。絶望した大衆の暴動から銀行を守るのは国家の軍隊だ。逆に国家暴力は、金持ちから財産を没収することができる(エンゲルス理論だよなあ。出来合いの国家機構ではだめだが、抑圧階級を抑圧するには当面国家が必要、という話。レーニンも同じ)
・富は協同的に作られるが、インフラはたいてい国家が作る。そして金持ちはその負担から逃れようとする。
・「簡単に言えば、個人の富は国家の武力によって築かれ、維持されてきた」(p112)
・金持ちは負担する税金よりも多くの恩恵を国家から受け、貧乏人は負担する税金のほうが国家からの恩恵よりたいてい小さい。再分配機能はたいてい損なわれている。その差異を埋めるのが「ぼわっと」湧き出る国家債務。公的債務がないと今や市場社会は回らない。
・人々に国家への信用がある限り、国債は最も換金しやすい債権である。なので銀行は国債が大好き。「すべてのものをひとつに束ねるゴムのようなもので、危機のときには金融システムの崩壊を防ぐ網になってくれる」(p117)
・「仕事を選ばなければ仕事はある」という言葉の無責任はいろいろ言及されている。要は、そんな仕事ではたいてい生活できないからだ。そして、低賃金労働が増えるほど、不景気な時はますます低賃金になる。
・ここでルソーの「狩人のジレンマ」。囚人のジレンマだね。人間は先を読み、悲観や楽観は増幅される。一律に賃金を下げたら雇用が増えるなんてのは嘘だ。(労働市場に含む悪魔)
・交換価値の中にある労働力(労働価値)。だが労働力そのものを欲する資本家はいない。労働力の特殊性。
・利子を下げると確かに借金しやすくなるが、だが「そんなに景気が悪いんだ」と読む事業家がいて、景気はますます悪くなる。(マネー・マーケットの悪魔)
・『オイディプス王』は予言の自己成就を示した悲劇。市場の悲劇と重なる。本から少し離れると、IS−LMモデルはかなりの条件付き(ケインズによる)だったらしいが、市場原理主義者に都合の良い解釈を施された。そんなモデルは一般的に「ふたつの悪魔のせいで実現しない」(p137) その悪魔は人間らしさに由来する。
・『フランケンシュタイン』はテクノロジーへの警鐘。とはいえ。起業家は生き残るためにテクノロジー競争を強いられる。機械にすべての雑事を任せられるユートピアが来ないのは何故?
・人間が機械に服従していると喝破したのはマルクスだが、映画では『マトリックス』。ただ、マルクスは人間が生産から完全に排除できない、と言っている。
・製造が機械に置き換えられ、労働者が排除されると、需要が減ってしまい、売れなくなる。バランスをとるために労働者の賃金は生活費に落ち着く。2008年の危機のあと、労賃は下がり雇用は増えた。
・ラッダイトの抗議先は機械そのものではなく、社会の構造。(詩人・バイロンの告発を想起せよ) 機械の導入より労賃が安いと労働力が買われる。
・その「安さ」の水準は、放っておくととてつもなく下がる。なので大事なのは「抵抗」、要は階級闘争だ。
・シンギュラリティーが進んだ世界の答えの一つが映画『スタートレック』。
・機械の利益を労働者に配当するようにするのが一つの回答。これは、生産手段の私有の廃止と関係するだろう。だがマルクス、エンゲルスが言うように、現在所有している者たちの反抗は暴力的であるだろう。それに立ち向かうには?
・収容所では貨幣に相当するものはタバコであった。タバコの交換価値は状況における均衡を目指した。収容所で暮らした経済学者のラドフォードが観察、記録した。
・戦況は収容所にも伝わる。この「タバコ経済」の終焉が見えてくると、「貨幣」の幻想ははぎとられ、「タバコ経済」は崩壊した。
・通貨を通貨ならしめるものは信頼。通貨の価値を下げるようなことは信頼を損ない、亡国に至る。
・反乱や革命という暴力を経ることで、権力者を縛る法律が整備された。福祉国家は社会不安を軽減し、金持ちに安心を与えた。
・通貨は債務を記録するためのもの。そして徴税の道具。公的債務は「機械の中の幽霊」。債務と税金は固く結びついている。マネーサプライの、金利の決定の本質は「誰のためか」であり、政治そのものである。
・そして、中央銀行が本当に独立すると、議会の監視を受けない政治的な決定をする独裁機関となる。
・ビットコインは「全員で取引監視」という仕組みである。だがズルい奴がビットコインを持ち逃げした。ビットコインは既存の政治権力に反抗的ではあるが、それ自身が政治的な存在である。そして、危機の時にマネーの流通量が調整できず、要は国家による通貨のような危機回避、軽減が出来ない。金本位制の時代の悪夢が再現される。
・通貨を民主化することなしに、危機は繰り返されるであろう。そのためには、政治を民主化しなくてはならない。
・自然の破壊は交換価値を生み出す。人間の本質は略奪的かも知れない。自然から略奪してきたのだ。ただ、フランケンシュタイン博士の物語を作る知性を備えているのも人間だ。
・公共の利益を考えられない人を古代ギリシャの人は「イディオテス」と呼んだ。18世紀のイギリス人学者は「a fool(愚か者)」と訳した。市場社会は人間を節度のない愚か者に変える。
・経験価値を交換価値に優先させる。市場社会が全面化するのではなく、市場もある社会に戻す。
・私有化=民営化という新自由主義の薄っぺらい考えは、人類を破綻に導くだろう。だが、すべてを理性に服属させるという、計画経済は経済が政治そのものになり、恐ろしく抑圧的になることも証明された。民主化をどのように「政治」と「経済」の中で構築するのか。それが問われているのだろう。
・「イセゴリア」:法の下の平等、映画『マトリックス』のエージェント・スミスが間違っているのを証明できるのは、民主主義だけだ。課題は、民主主義の進め方。世界中で民主主義は疲弊し、民主主義など関係ないという中国が存在感を増している中、どうするか?

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