『中国の産業スパイ網 ──世界の先進技術や軍事技術はこうして漁られている』(ウイリアム・C・ハンナス他著、玉木悟訳、草思社文庫)
1998年、中国出張の時の話から。中国の工場見学で、地域の排水処理設備があった。オランダ製。日本製より進んだ技術と率直に担当者が説明した。また、当時中国は日本の排ガス処理技術を欲しがっていた。排ガス処理で世界一と中国の人が判断していたのが日本の技術。彼らは熱心に色々聞いてきた。
で。本書。中国がソ連から技術援助を受けていた。紆余曲折こそあったが、中国は建国以来諸外国の技術を熱心に学んだ。それを基礎にちょいと変化させてオリジナリティーを主張しているが、これ、日本が通った道でもある。
今の中国は、ソ連崩壊前後から世界を席巻している新自由主義の波に乗り、資本主義の権化の国家として発展した。西側は経済発展することで自由と民主主義が根付き、共産主義も民主化されるともくろんだ。だが、そうはならなかった。中国の憲法には「共産党の指導」とある。共産党は常に正しいのだ。自由も民主主義も中国では党に跪くのである。
では中国の体制は何か? それは「共産党が支配する、悪い意味での世界最先端の新自由主義型国家独占資本主義」ということであろう。だが、この体制は実に効率的だし、キャッチアップ型の開発独裁体制としては優れている。そのキャッチアップのための、世界最強国のアメリカからの技術輸入の姿が、この本で記されている。
実に様々な方法で入手している。人脈を作り、中国に一方通行で情報を入手するための組織作り。民間と言いながら、全てと言って良いほど党と国家が絡む。共産国の言う「民間」とは、純粋に民間ということはあり得ない。ネットは大規模に、おそらくは世界で最大・最高に利用し、成果は必要な企業や人に流す。
情報の入手方法は合法とは限らない。最後の方はスパイの方法まで。だが大事なのは、基本的に「合法的に」取っているのだ。西側企業における守秘義務は、党の前には絵空事なのである。そのためには金も時間も人財も惜しまない。
読み進めていると、知的財産を大事に思っているのは、恐らく西側諸国以上。少なくとも、余りにも認識が甘い日本の比ではない。そこは尊敬すべきだろう。そう、「防諜」が必要なのだ。ビジネスを知らないリベサヨは、防衛と絡めて国家レベルでの「防諜」に反対しているみたいだが、日本の場合は民間でそういうことをするしかないだろう。それについては各企業が15年前から意識しているとは思う。
ただ、中国が最大に知的財産を得ているのは、恐らく中国の工場。それについては色々難しい問題があるが、各企業がビジネスモデルを考えるしかあるまい。そして、政府は企業の知的財産保護についてもっと本気になって欲しい。それは対中国だけじゃない。対アメリカでも、だ。日米同盟ある限り無理か?
なお、最後の文庫版あとがきは、コロナ禍の今現在の世界の動向も分かりやすくまとめられていて良い。かつて「覇権を求めない」と言っていた中国は、今はコロナさえ利用して覇権制覇に精を出している。対抗するには、各種防衛策を講じつつ、真に友好的な人間を日本の味方につけることであろう。ソフトパワーも日本は持たなくてはならない。新冷戦と雖も、かつての冷戦でソ連はアメリカの小麦なしでは済ませられなかったように、新冷戦の世界は中国の産業なしでは済まされないのである。知恵が必要だ。
最後に、中国の未来について。アメリカのような憧れと尊敬が得られることを考えなければ、かつての小日本のように、おおこけにこけると思う。世界に「無償で」何か与え続けられなければ、真の覇権は無理であろう。

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