TAMO2ちんの日常

思想の嵐 猛(たけ)るとも 正しき道を いざ進め 

 

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投稿者:tamo2
p139
日本国憲法に共鳴してるこの中道というものを明らかにすることができれば、混迷から抜け出す道が見つかると思います。(中沢)

p141
それよりも僕が知りたいのは、戦争を信じた人たちがどんな確信を持って信じたのかなんです。それが排除されていることがもどかしいというか、僕らの世代にとってみると、それこそが知るべきことなんじゃないかと思います。(太田)

p144;九条を守ると犠牲が出るかも知れない
犠牲が出る可能性がある。理想的なものを保持するには、大変な覚悟が必要です。覚悟のないところで、平和論を唱えてもダメだし、軍隊を持つべきだという現実論にのみ込まれていきます。(中沢)

p145;イラク人質問題について
 僕だって、若いときは無鉄砲だったし、バカだった。今だって、たいして変わりません。この国は、バカで無鉄砲な、考えの足りない若者は守らないのか、死んでもいいのか、と思いました。
 実際に香田君が殺されたときも、自己責任だったと、国も言うし、国民も言った。自分の国は自分で守りましょうと言っている人たちが、自分たちの国民を殺されて、文句一つ言わないなんて、何が国防なのかと思います。そんな人たちが軍隊を持っても、戦争なんてできないと僕は思うんですよ。(太田)

p154;藤田嗣治の絵画、アッツ島玉砕について
 あの絵を、戦意高揚の絵だとして、藤田嗣治を戦犯だと言った人たちの感受性とは、一体何なのだろうと思います。(太田)

p156
 知恵を働かせて、埋葬されてしまったものを復活させていこうと思っています。(中沢)

p162
日本国憲法がどんなに問題をはらんでいたとしても、日本人の心に深く入っていくものがあった。(中沢)

【濃密な時間のあとで】(中沢)
p169
憲法九条に謳われた思想は、現実においては女性の生む能力がしめす生命の「思想」と、表現においては近代的思考に先立つ神話の思考に表明されてきた深エコロジー的「思想」と、同じ構造でできあがっていることになる。
投稿者:tamo2
【第四章】
p126
国家が国家である自分とは矛盾する原理を抱えているわけで、日本国憲法が世界遺産に指定されるに値するポイントですね。(中沢)

p128
日本国憲法の九条というのは、ひょっとしたら間違いを犯すかもしれない、そんな愚かな人間だからこそ守っていかなければならない世界遺産なんです。絶対守るべきだという断言はできないんですけど。(太田)

p130
なぜ人は神社に落書きしたくなるのかというと、もともと神社という建物が日本にはなかったからじゃないでしょうか。日本人は、神様をまつるのに建物を必要としなかった。山とか木とか、その向こうにあって見えないもの、それを神様と考えていて、そこには手をつけなかった。ところが、神社というものがつくられると、神とイエスのような関係になって、ここには何か悪戯をしたくなるわけです。神様だけで十分なのに「神の子」がでてきたわけで、そうなるとそこには落書きしたくなります。(中沢)

p133;聖なる不敬(笑)
 男系相続だけで天皇制の本質を通してしまったら、天皇制自体がすごく貧しくなるんじゃないか。歴史を通してこんなにも現実に柔軟に対応してこられたというのは、きまった本質というものがないからじゃないでしょうか。矛盾をあわせのむトリックスターみたいなものですね。お笑いの本質にも近いところはあります。その意味では、天皇制というのは、巨大なトリックスターです。(中沢)

p134;日本の悠久の歴史に九条は似つかわしい
日本国憲法のスピリットとは、一万年の規模を持った環太平洋的な平和思想だといっていい。だから、決して新しいものではないのです。そういうところから見ると、天皇制と日本国憲法は、もともと親和性があるのでしょうね。(中沢)

p135
護憲派と改憲派がこっちに引っ張り、あっちに引っ張りと、たくさんの意見が出て、迷い続ける。じつは、その迷いこそが大事なんじゃないかと僕は思うんです。(太田)

p138;インド人は喧嘩の裾野を大事にし、暴力を抑止する
殴るのはケンカの最終表現にすぎないわけで、できるだけそこへ至っちゃいけないというインド人の知恵はすごいと思う。テロに屈するなと言って戦争の論理を発動させると、その下で動いているものが何も見えなくなる。(中沢)
投稿者:tamo2

【幕間 桜の冒険】(太田)
殺人によって得られる快感などは、無いものとしておかなければならないということ、そこに嘘があり、それが問題なのではないかという話をした。

【第三章】
p104
武士道もいいけど、行き過ぎると危ねえぞという感覚をもった人たちがいっぱいいたんじゃないかと思います。その感覚をうまく落語が表現していた。(太田)

p109
権力は、道化や笑いをそばにおいておかないと、うまく機能しないところがあります。(中沢)

p111;安楽庵策伝『醒睡笑』より、中沢の引用(彼が宗教学を志したきっかけの一つ)
 京都に日蓮宗の寺と浄土宗の寺が道をはさんで向かい合わせにあった。この寺同士がものすごく仲が悪くて、お互いに悪口を言い合っている。悪口を言うだけでは気がすまなくなって、日蓮宗のお坊さんたちは、法然と名づけた犬を飼っていじめた。「法然のバカ」とか言って、みんなでこづき回す。それを見ていた浄土宗の寺のお坊さんが、何くそと日蓮と名づけた犬を飼っていじめ始めた。ところがある日、日蓮という犬と法然という犬が道でばったり出くわして、大ゲンカを始めたわけです。そうしたら、日蓮宗のお坊さんたちが、「法然頑張れ」、浄土宗のほうは「日蓮頑張れ」と応援しちゃった(笑)。そのうち、はっと気がついて、お互い反目をやめたというお話。
投稿者:tamo2
【第二章】
p056
戦後、この憲法については、変だぞ、普通じゃないぞと言われることが多い。でも、あの奇蹟的な瞬間を、僕ら人類の歴史が通りすぎてきたのだとすれば、大事にしなければいけないんじゃないかと思う。(太田)

p068
アメリカ先住民は戦争は無条件に悪だなどとは考えてはいないんです。だからそこには立派な戦士たちがいる。気高い戦死の精神をもった人たちがいて、その上に立って、平和な世界をつくりだそうとしていました。こういう考えは、環太平洋の諸民族に共通の考えでした。(中沢)

p070;先住民の生き残りを保護したクローバー博士について、アジア四馬鹿について
博士の心を考えると、自由の拡大を謳い、単独主義で暴走していくアメリカもまた傷ついているんだなと思う。いまやアメリカは超大国になったけれど、その成り立ちのいろんなところに、後悔がしみわたっているんじゃないか。虐殺した側も、された側も、重い問題がずっと残っていくんですね。
 韓国・朝鮮や中国に対する日本の態度にも同じことがいえます。日本は、あの問題は何らかの形式や金銭でもう片づいたことにした、と言うけれど、それは思い上がりです。政治で解決なんかできるわけがない。アメリカもドイツも日本も、国が存在するかぎり、抱えていかなければならない問題だと思っているんです。

p077;お寺などの社会的機能について
社会の中に、夢のある場所があるということは、すごく重要なんだと思う。

p079
 日本国憲法の文言をそのまま守っていると、現実の世界政治はとてもやっていけないよ、ということはほんとうです。北朝鮮が日本人を拉致した。こんな国家的暴力にどう対処するんだと憲法に問いかけても、憲法は沈黙するばかりです。いつだって神々は沈黙するんですよ。イエス・キリストだって十字架の上で、このまま私を見殺しにするんですか、と神に向かって訴えたけれど、神は沈黙したままでした。(中沢)

p081
九条を改正したら、日本は正気に返ったドン・キホーテになっちゃうんじゃないか。最後の場面で落胆したように、この世界がいきなりつまらないものになってしまう気がするんですね。(太田)
投稿者:tamo2
p032
国家も法も、単一の価値を立てようとします。宗教は、いっそう単一な価値を立てて、そこに人格全体を巻き込んだ意味づけをしようとする。
 そうなると、国家、宗教、法が作動している世界と、ディスコミュニケーションを命として、豊かな世界を育んでいる世界との間に、大きな齟齬が生じてきます。

p036
宗教的情熱の一つの表現がロシア革命でしたし、じつはドイツや日本を戦争へ突き動かしていった思想にも、それとよく似た宗教的な思考方法があると思います。

p037
強烈な愛情ほど、人を深く傷つける可能性を含んでいる。深い愛情をもって、人を殺すということが起こり得るのではないか、と考えてしまうわけです。賢治が宗教的思想に傾倒したのは、愛が深かったゆえの業ではないかと。(太田)

p040
資本主義社会に愛がないのは、当然なんです。愛を恐れたんだから。(中沢)

p044
神の愛を無償の愛というけれど、人間がその愛を望むのは、思い上がりというものでしょう。(太田)

p044;オウム事件の本質(=中二病)
憎しみは捨てて、もう一つ上のステージの愛を持ちなさい、その愛を持てない人間は、ダメな人間だと、否定した。だから、みんな殺せというところにつながっていったんです。(太田)
投稿者:tamo2
【第一章】
p017;左右にわたる問題点
土台の問題にたいしてはまったくの無思考

憲法を支えるべき土台の部分で、すでに分裂がおこってしまっているわけです。

p018
自分たちが本当にやらなければならないことを放棄しておいて、感情的な判断に押されて、無思考のまま重大な決断をくだしてはいけないんじゃないか、というじつにまともな意見を、ただのお笑い芸人がお笑いをとおして表現できたら、そりゃ最高のことじゃない。(中沢)

p021;国柱会の田中智学のパトスと一繋がりの日本国憲法
感情に突き動かされて戦争に突っ込んで、日本は崩壊へなだれ込んでいきました。その思考や感覚と、戦後になってあの尋常ならざる憲法を日本人が「これこそ求めていたものだ」と熱狂的に受け入れた思考と感覚とが、僕にはまるでひとつながりのもののように見えるんです。

p027
 宮沢賢治の抱えていた矛盾とは何だろう。彼の作品の中には正義や愛があふれているけれど、正義こそが結果として人を殺す思想にもつながっていく。そこを深く見つめなおさないと、もう一度同じことが起こると思うんです。(太田)

p028
「誤解をする」ことは、大切なことでもあるんですね。その誤解にこそ、人の個性があると僕は思っているんです。(太田)
投稿者:tamo2
いやあ、某所に小生の書いた「読書感想文」を変名でUPしたら、何か叩かれまくりですよw。

どうも「護憲派」の皆様の逆鱗に触れたようで。

護憲派主流諸君は永遠に横滑りして置いてください、としか言いようがありません。
投稿者:まこと
私は"護憲派"にありがちな「日本国憲法の文言をそのまま読めば・・・」的なの議論はあまり好きでは無いんですよね。法というのは如何に「解釈」して現実社会の中で上手く使いこなすかがキー・ポイントだと思っているので。まあ、これは私がイチオ法科出の人間ゆえの感性なのかもしれませんが。

太田・中沢両氏の対談は月刊誌「すばる」で少し立ち読みしたことはあるのですが、買って読んでみようかな。
投稿者:tamo2
実は、悪魔的なことも読みながら考えていた。「ヘーゲルにおいて観念論と唯物論が“同時に”ひっくりかえるように、九条平和主義と八紘一宇が“同時に”ひっくり返ってしまう可能性はないのか」と。

特定アジアに見られる懸念は、実はここを考えているのではないか?と。したらば、九条平和主義という奴は、彼らにとって何の意味もなかろう。
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