TAMO2ちんの日常

思想の嵐 猛(たけ)るとも 正しき道を いざ進め 

 

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投稿者:tamo2
招き猫同志
>成長か否か、には持続可能性や環境問題を『常に』関連付けて論じて欲しいですね。これはお二人だけでなく一般論としても。



市場原理主義ってのは、無限の資源を前提にしています。彼らの議論は、そこも撃っていると思います。だから、この本が始まりの一つになればいいと思います。

弱者と言っても二つあると思います。分かり易いイメージで言えばワーキングプアとニート。これは、インセンティブにも関わりますね。

最後の三行、同意する所です。ついでに言えば、貨幣の幻想性とかについても関連するかと。(この本でも、金融工学なんかについて触れておられて、その辺の現在ってのが突き詰められていないと書いておられましたね。)
投稿者:招き猫
成長か否か、には持続可能性や環境問題を『常に』関連付けて論じて欲しいですね。これはお二人だけでなく一般論としても。

再配分する所有ということなんだから、単純に上限と下限の調整の問題になるでしょう。これに対して重大なファクターはインセンティブということでしょうか。ま、怠け者=弱者利権をどうするかっていう問題とか。

ロックの頃には空気や水の所有はなかったと思うんです。やはり配分としての所有を考えないとならんと思います。自分の身体や労働に根拠付けられないものほど所有の意味が大きいのが現代です。そういうことを踏まえて立岩さんの論は汎用性があるように思います。
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