『所有と国家のゆくえ』(稲葉振一郎、立岩真也著、NHKブックス)
社会主義大崩壊を追い風に、新自由主義の嵐が吹き荒れる。まるで、世の中のありうべき姿はそれが全てだ、というふうに。それに対するアンチは、様々な位相で現われる。
本書は、こういうアンチな流れの中に位置づけられよう。但し、かつて正義と考えられた計画経済は、基本的には否定されるべきもので、市場をいかに利用すべきか、という観点である。その枠は二者において大差はないし、小生も条件付きながら承認する。では、両者の対立点はどこか? これは、巻末P259以降に明らかなので、この本を読むには、ここから読むのが良いと思われる。稲葉氏は景気が良くて、再分配に伴うストレスが小さい方が良い、よって経済成長を重視すべきという立場に立つ。これを立岩氏は「反対がない方」という言い方をする。立岩氏は、格差そのものの拡大が人間の欲望に反映すること――妬みとか不公平感とか;パイが30から60に増え、二人の取り分が10と20から20と40に増えた場合、差異は10から20に広がり、人によっては不公平感を強めるだろう――、経済成長の犠牲になるもの(外部不経済)の無視などの観点から稲葉理論に憂慮を示す。一番大事なポイントは、競争なくして成長なし、を是とするならば、その競争のために「ただ人が生き暮らすための部分に金がまわらなくなる」という懸念ではないだろうか。「だからこそ、早い者がすべてを取れるというゲーム自体の改変が求められている」と立岩氏は言う。ただ、積極的反論というレベルではない。本書では、稲葉氏もこの問題を共有していると見受けられる。おそらく、順序の問題なんだろう。総体として、3:7か、もしくは7:3か?の対立と思われた。
さて、本の最初に帰ろう。第一章の題は「所有の自明性のワナから抜け出す」である。メインディッシュは後で。稲葉氏は立岩氏が提起した「分配する最小国家――分配は行うけれども介入はしない」という、従来の経済学では恐らく問題にされていなかった設定は可能かどうかと突っ込むことから開始する。分配する(=福祉を行う)国家は、大きな国家となる、という常識を崩せるのではないか、そしてそれは可能か?と。ところが、p18でちょっと肩透かし。「今回は福祉国家とか社会政策の話はちょっと控えさせていただきまして、国家や社会を考える上での基礎工事をやろうと思っています。その基礎工事というのは、所有論です。」
まず、私的所有を肯定せざるを得ない地平に来たと稲葉氏は言う。同時に市場も。これを前提にした所有・市場批判の従来のあり方は、これらの外部への収奪・破壊への批判という形を取っていることを挙げる。そして、立岩氏の議論のユニークさは、ジョン・ロック的な所有論の批判にあると言う。説明すると、何か価値(使用価値?)のあるものが落ちているとする。小生なら、「を、ラッキー」で得てしまう。分かり易い。これがロック。だけど、立岩さんは「これって誰の?」と問うことから始める。この問いは、労働という位相でこういうことに繋がる。ロックの主張はこうだ。「私の身体は私のものである、その身体を使って生産したものは私のものである。」立岩氏はそこに疑問を示す。「私の身体によって生産したものが私のものであるということは命題として違う」。ををを、そういう突込みが可能であったか! 考えてみれば、そうだな。否、自分の身体、あるいはそれにくっついた能力にしたところで、自分以外(例えば親とか学校とか)によって作られているところ多とするしなあ。
そこから、個体性の議論になり、稲葉は「他者」という言葉の「もの」に二つの意味、「者」(人間)と「物」を見る。「者」という言葉から、所有という仕組みは必然的だという。人と人が共有だけの関係を結べない必然性から、排他性を要するからだろう。また、「もの」との関係から、「なぜ人はものをもてるか、そのものが自分じゃないからである」と言う。ロックは労働生産物を自分(の身体)によってなされたものだから、自分のものと言えることは自明とする。立岩氏のお話は、これとは明白に違う所有論であることが再び明らかとなる。その先の話はぼんやりしてくる。それはその所有論から発生した規範も、法律も、実践もないから仕方なかろう。その一方、ロック的現実世界に生きる我々とて、高度金融商品に囲まれた非常に複雑なリアルを、捉えられているのかと言えば、疑わしいことを示す。恐らく全体像は誰も捕らえられないんじゃないか、という「絶望」を小生は持つ。これは、特定の悪意なんかの物語に帰着できない怖さがある。例えば原子力発電の怖いところは、FATALなことが起きたとき、全容を把握して制御できる人が恐らくいない、と言われるところにあるのだ。それと似た話。しかし、それが出来ないならば、新たなる所有論に依存した設計も、本当は下手にしちゃあならないんだろう。ジレンマだ。
ついで。以下サイトは要チェック。
http://www.arsvi.com/0w/ts01/1999001.htm
(続)

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