TAMO2ちんの日常

思想の嵐 猛(たけ)るとも 正しき道を いざ進め 

 

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投稿者:とおりすがりのにわか浪曲ファン
まあ情念を何とかしたいという情念の塊ですからね。人間はwそれが理性による情念蔑視の最大の原因でしょうね。
まったくもって人間は業が深いというか、それの域を真っ当に考えたお釈迦様の教えを広めないとw
投稿者:TAMO2
情念の世界ってのを、低く見る文化が明治以降続いていると思います。浪曲や漫画って、基本的にそういうものですから。

しかし、人間の本質って、理性よりも情念にあると思うのですよね。そこを含めて、文明開化時代の流れにある「左翼」というものは様々なものと同様、取りこぼしたものが多いと感じております。
投稿者:とおりすがりのにわか浪曲ファン
まあ批判は当たっているんですけど、古典的な家とは決定的に違う家意識とか色々面白い論点とかあるんですけどね。アジア主義とか正統派右翼との係わり合いを恐れたという点もあるのでしょうね。
 同じく知識人に差別された紙芝居の子孫であるマンガ好きとして、日本の文学が大衆芸能を取り外し続ける構造の分析をなんとかしないと、海外に日本文化いいところを搾取されぱなしになるという、ナショナリストもどきの発言をしたりします。
 こう考えると日本における、アカと資本家の無意識の同盟というのを問題にしたほうがいいのかもw、
投稿者:TAMO2
はじめまして。小生が聞いてある程度知っているのは大塚利平は漢(おとこ)でござる、と、浪曲子守唄(笑)くらいですかね。

さて、「取り逃がし」については、以下の文章が参考になるかと思います。p155より
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 占領軍だけではなく、日本の進歩的知識人も、浪曲には批判的だった。(中略)夏目漱石の弟子で、のちに共産党に入党することになる小説家の森田草平は、一九四七年(昭和二二年)の「浪花節を検閲せよ」に始まる浪曲批判を展開し、浪曲論争を巻き起こした。彼の浪曲批判は、浪曲は内容が非民主的・封建的で、矛盾や不合理をそのまま容認しており、義理・人情によって社会問題を隠蔽している、といったものだった。
投稿者:とおりすがりのにわか浪曲ファン
失礼、間違えて投稿してしまいました。
いつもここを楽しく読ませて頂きます。
通りすがりのにわか浪曲好きのものです。兵藤 裕己 「“声”の国民国家・日本」経由で浪曲の政治イデオロギーに興味をもったものです。ここで左翼浪曲の存在を知りました。いったい誰が歌ったんだろう。
左翼とかは民衆のルサンチマンを取り扱っている浪曲と相性がいいはずなのに何故取りのがし続けたのか、気になるところです。
 だけど大正から昭和初期の浪曲にしろ邦楽にしろ、結構アナーキーな実験を行ってますよね。それに乗じて、影響力とかを作れなかったのが気になります。
投稿者:とおりすがりのにわか浪曲ファン
いつも楽しみに読んでいるものですが、
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