夜、お散歩中、「地獄谷というのは良く聞くけど、地獄山って、聞かないなあ、あるのかな?」と思う。帰宅して検索したら、若干あるけど、それほどメジャーでもなさそうだ。
で、何でそんなことを思ったのかと言うと、先日読んだ『国家論』(佐藤優著)において、左翼の各派のトップが書いた本にはそれぞれ見るべき高みとでも言うべきものがあるのだが、下手にそれらを評価すると、敵対党派に襲撃されるという話があったからだ。
黒田氏、本多氏などの書き遺したものをネットなどで見ると「なるほど!」と思うこと多である。党派とは無関係に生きている小生は、これらを論評したからと言って別にどうってことはない。しかし、政治的緊張感のある人にとっては?
で、書いた側のことについて考えると、彼らは地獄を招いたし、また地獄の中でのた打ち回っていたに違いない。これは、思想というものの本質に係わる話なので、「正しい」とか「間違っている」という類のものではない。思想なんて本気でやれば地獄になるものなのだ。で、他の人間が行く地獄ってのは、大抵泥沼とか、池とか、谷とかに喩えられるような「下」へ向かう業による。だが、思想については、むしろ「上」に向かう業のように感じられる。ならば、その地獄は山に喩えられるべきと思った次第。
そういうわけで掲題。

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