TAMO2ちんの日常

思想の嵐 猛(たけ)るとも 正しき道を いざ進め 

 

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投稿者:tamo2
国内政治しか知らないのですけど、共産党=半プロ、新左翼=素人くらいが妥当かと。ミヤケンみたいな凄い人でも、退却戦が指揮できなかったんでしょうかね?>1970年の学生戦線。出来ていれば、左翼総体がここまで傷つくことはなかったと思います。

まあ、今だから言えることなんでしょうけど。

東欧・ソ連について見限ることが出来なかった(ひいては最後の最後までチャウシェスクと親しかった)理由は、よくはわからないですけど、中国のように破綻していることが見えなかったからじゃないですかね。停滞しているけど、人民はソコソコの生活を楽しんでいた、という記録はゴマンと残っていますし。今、東欧・旧ソ連には「共産主義ノスタルジー」ってのがあるようです。決してあの時代に戻りたくはないけど、あの時代の気楽さが懐かしいと。


あ、若い共産党さんに伝言希望。「己が志操を捨ててまで尽くす党とは思えないけど、日本共産党という困難の中、闘う人には敬意を持っている外野がいる」と。お願いします。
投稿者:野次馬の視線
最近知り合いになった日本共産党員(30歳前後)から聞いた話。1968年夏までは、少なくとも東京大学では、官僚などエリートコースに進めさせる党員はすべて隠していたとのこと。ところが、6月から9月までの過程で一挙に新左翼系諸派に学内情勢をひっくり返されてしまって、しかたなくなけなしの連中までも表に出してしまったとのこと。共産党と新左翼は、プロとアマの差ですよね。不思議なのは1970年前後の日本共産党が、文革の中国は見限ったのに、旧ソ連や東欧諸国を見限らなかったこと。理由がわからない。米原万里さんの本を読んでもわかるように、日共の人たちこそ旧東圏がどうしようもない状態にあることはわかっていたのに。対置する方針がなかったからなのかな。
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