2017/12/26  2:42

18歳  雑記

前の日記で書いた「覚悟しないといけないこと」ですが、
それは実家の愛犬の寿命のことでした。

18歳というと、人間では100歳に近い年なので、
覚悟はしていましたが…
やはりいざ迎えてみると悲しくて辛いものですね。

愛猫の時は本当に2〜3日中に体調が激変し
突然な別れでしたが、
愛犬の場合は日に日に弱っていき、年齢のこともあり
「もう長くないな」とわかっていた上でのことでした。

そして、
愛犬は家族に見守られながら”その時”を迎えました。
今はもうお骨になって、いつも寝ていた場所に安置されています。

火葬する日の朝、家族の車にわんこの体を乗せて
いつもの散歩道をゆっくり通りました。
弱ってきてからは長いお散歩ができなくて、
つまんなかったろうなぁ。
今はきっと虹の橋の向こうで自由に飛び回っているだろうな。


草花の清清しい香りを感じた春、
道路の熱さを気にしながら歩いた夏、
帰宅後に毛についたひっつき虫(雑草の実)を必死に取った秋、
霜柱をジャクジャク踏みながら歩いた冬。
田舎の四季の移り変わりを感じていたとき、
その傍らには必ずわんこが居ました。

これからも四季は移り変わるけれど、
フサフサのしっぽを揺らしながら散歩道を歩く姿は
もう見られないんだなぁ。
本当に寂しくて悲しいです。

四十九日まではこの世にいるということだから、
愛猫の時のようになにか「鳴き声」とか「音」とか、
こっちにわかるようなサインをくれるといいなと
願っているそんな年の瀬です。



クリックすると元のサイズで表示します
5



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ