旧ネーム (まさじぃ)です!

2020/10/29

兒玉 光雄さん逝く・・  

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広島に原爆が落ちた、1945年8月6日に、当時の一中一年生として

登校し被爆した“兒玉 光雄”さんが

昨日の10月28日腎臓ガンの為亡くなった。

中国新聞の今朝の朝刊の第25面に記事が載せられているが

中国新聞の記者さんは、名前を間違って掲載している。

紙面では‘児玉 光雄’として掲載されているが

本当の名前は“兒玉 光雄”(こだま みつお)さんです。


爆心地から850mしか離れていない、広島一中(現国泰寺高校)の

木造校舎で直接原爆の炎を受けた兒玉さんは、奇跡的に一命は

取り留めたが、以降数十回という難病の発症と治療を乗り越えて

広島市の被爆体験伝承者の講師を務め、海外にも積極的に

伝承役をこなしていた。

当時の広島市内の高等学校は、学年交代で登校をしており

実質、その日の学校には一年生しか登校していなかったという。

その一中一年生の中で、昨年三月からは最後の生き残りとして

一人頑張っておられたが・・ご冥福を祈りたい。


来年の一月からは、世界で核兵器禁止条約の決議が行われ

核兵器の使用禁止に向けて、世界が動き出そうとしている現在。

また、惜しい人が亡くなった。

22度のガンを乗り越えた異端の被爆者

「地獄を見せつけられた原爆に

人生まで支配されるのは、ごめんだ」

と語った 児玉 光雄氏だが

23度めのガンは乗り越えられなかった・・
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